かなり悪いオヤジ

或る殺人のかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

或る殺人(1959年製作の映画)
3.6
『バニー・レイクは行方不明』同様、凝りに凝ったタイトルバックのイラストは、プレミンジャー作品ではお馴染みのデザイナーソウル・パスによるものだろう。そして、劇伴はデューク・エリントンのジャズピアノ。本人も調子にのってカメオ出演しており、主役の弁護士を演じたジェームズ・スチュアートと連弾を披露したりしている。そんな観客に媚びを売った演出が多々見受けられるものの、ナチス将校等の悪役俳優としてもならしたオットー・プレミンジャーのタッチ、私は嫌いじゃないのである。

妻をレイプした男へ復讐するため軍人の旦那が男を射殺する事件が発生。女房と離婚し現在はひとり身の弁護士ビーグラー(ジェームズ・スチュアート)は、釣りとジャズが趣味。元ミシガン州地方検事のやめ検で弁護士業にはあんまり身が入っていない。秘書の美人オバサンへの給料も未払いのままだ。そんなやる気のない男ビーグラーだが、一度法廷に立つやキレキレの検事(ジョージ・C・スコット)相手に、火の出るような激しい弁論を繰り広げるのである。この映画ミステリーの謎解きというよりは、まるでボクシングの試合をみているような質疑応答シーンが見所といってもよいだろう。

ビーグラーは殺人犯を弁護する方法論として、容疑者の“一時的な精神錯乱”を選択するのだが、裁判中にキレまくり検事や証人に激しく牙をむくこのビーグラーの方が、“一時的な精神錯乱”に陥ったかのような演出がなされているのである。その姿はまた、撮影中一切の妥協を見せずに俳優たちを激しく罵倒したことでも知られる監督オットー・プレミンジャーのオルターエゴだったのではないだろうか。容疑者を助ける使命感にかられてというよりは、「殺したんだから有罪に決まっている」という世間一般常識がとにかく気にくわないご様子なのだ。

公判中、レイプされた時にはいていた美人妻のおパンティがキーアイテムとして浮上してくるのだが、この“レイプ”や“パンティ”という単語自体が当時の映画倫理規定的にNGワードだったらしいのである。プレミンジャーは、神聖な裁判所であるがゆえに判事や検事がなかなか口に出したがらない“レイプ”や“パンティ”といったNGワードを、あえてシナリオ上に登場させることによりハリウッドのタブーに果敢にも挑戦しているのである。おそらくジェームズ・スチュアートの激昂ぶりはそれための挑発だったのだろう。