空海花

生きものの記録の空海花のレビュー・感想・評価

生きものの記録(1955年製作の映画)
4.0
国策映画から真逆、
こちらは反戦・反核映画。
橋本忍、小国英雄と『七人の侍』監督以来の黒澤明の三人が共同で脚本を書き、黒澤明が監督、中井朝一が撮影を担当した。
主演の三船敏郎は当時まだ30代だが、頑固で偏屈な経営者の老人役を演じる。
これもまた黒澤映画で珍しいのは家族映画でもあるということ。

本作の構想は、『七人の侍』の撮影中に黒澤明が友人の早坂文雄宅を訪れたときに、ビキニ環礁の水爆実験のニュースを聞いた早坂が「こう生命をおびやかされちゃ、仕事は出来ないねえ」と言い出したことがきっかけとなったとのこと。
その時起きた第五福竜丸事件など日本でも反核に動いた時だった。
前年にはゴジラも上映されている。
それでも興行的にはあまりうまくはいかなかったらしい。
原爆水爆への被害妄想、財を擲ってまで家族全員妾やその子供まで、ブラジルへの移住を強制しようとする強烈なキャラクターに観客が感情移入できなかったからだろうか。

だがはたしてそうだろうか。
家族はこのままでは生活が壊れかねないと準禁治産者の申請をして家庭裁判所に委ねる。
その参与人として、
劇中でもそんな疑問を呈する志村喬の役柄がある。
今なら震災での福島原発事故の処理がまだ解決していないように
戦争にならなくても核弾頭を持たなくても、日本には核の脅威が依然として残っている。
自分は大丈夫。日本は大丈夫。
コロナで感染者が増えたからこそ自主的な自粛もあったが
ことがリアルに感じられるまで人はなかなか行動に移せないことを思い知り、
まだ落ち着けない只中に居て。

狂っているのは三船演じる喜一なのか世の中なのか、思いを馳せる価値は今の時代にも歴然としてある。
「死ぬのはやむを得ん。でも殺されるのはいやだ」

音楽はその映画のきっかけ、早坂文雄が担当したが、撮影中の10月15日に結核で亡くなった。
親友だった黒澤はそのショックで演出に力が出ず、黒澤自身も「力不足だった」と述べている。
早坂はタイトルバックなどのスケッチを残しており、弟子の佐藤勝がそれを元に全体の音楽をまとめて完成させたという。

「地球が燃えている」
そう叫ぶ喜一を自身がどんな眼で見つめるのか
“生きもの”として─まるで心の深淵を覗き込むような心地に身震いしてしまう。


2021レビュー#200
2021鑑賞No.434
空海花

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