むっしゅたいやき

世界の始まりへの旅のむっしゅたいやきのレビュー・感想・評価

世界の始まりへの旅(1997年製作の映画)
4.3
マノエル・ド・オリヴェイラ監督作品にして、イタリアの名優、マルチェロ・マストロヤンニの遺作。
監督の来し方、幼年期と少年期を過ごした土地を訪ねるロードムービーでは有りますが、撮影と穏やかな語り口からか、観衆にも各々の郷愁を想起させる作品です。

本作の特徴として、先ずその撮影方法が挙げられます。
多くのロードムービーがその行くべき道と出来事を記録しているのに対し、本作はその来た道が遠ざかって行く様が撮り続けられています。
この為、旅の目的であるオリヴェイラの過去、記憶の遡行へ実に自然に同調させられました。

また主演であるマストロヤンニが矢張り素晴らしい。
穏やかな声音と口調で若きレオノール・シルヴェイラやディオゴ・ドリア(私の中では"インテリな板尾")を窘め、或いは含蓄有る哲学で教導する様は、あたかも私自身も同様にされている様に感じられる、温もりの有るものです。
また目で感情を表す演技も健在で、特に樹上の花を摘もうとし、それに届かなかった時の寂しそうな照れ笑いには、心を動かされました。

強くノスタルジーを惹起する作品ですが、物語として見ると少々残念な点も有ります。
何れも些事ではありますが、叔母の態度の急激な軟化は余りに不自然且つ極端に思われますし、自らのアイデンティティを求めるアフォンソが、唐突に食って掛かる様にマストロヤンニへ実父の経験との分別を主張し始める点も引っ掛かりました。

とは言え、誰もが持つ郷愁、また己の幼少期や自己を生み出して来た事物への愛惜を、95分と云う尺の中で表現しきっている点は見事です。
壁一面しか遺されていないホテルにマストロヤンニが記憶で人々やベンチ、起こった事柄を描いてみせた様に、記憶の持つ豊かさを観衆へ改めて気付かせてくれる名作でした。
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