くわまんG

ロッキー・ザ・ファイナルのくわまんGのレビュー・感想・評価

ロッキー・ザ・ファイナル(2006年製作の映画)
5.0
あらすじ:どんなに強く打ちのめされても、前へ進み続けろ。自分を信じて、こらえて前へ進み続けろ。その先にだけ、人生の勝利がある!

温かな思い出にしがみついていたロッキーが、再び苛烈な現実にフィニッシュブローを叩き込む…という物語。何度救われたかわからない、漢のカンフル剤。台詞を思い出すだけで、魂が泣き叫び心が燃え上がるオールタイムベスト。

シリーズ最終作、ロッキーはこれまでで最も重いパンチを食らいます。エイドリアンの死です。その過程を一秒も描かない、スタローンの神演出。

癒えぬ特大の寂しさ、怒り、悲しみ。毎朝「なぜこんなに辛いことばかり…」と思わずにおれない。現実と向き合うのをやめ、幸せだった過去に逃避するロッキー。

そんな折身に起こった、三つのきっかけ。新たな恋の予感、自分を避ける息子、バーチャルで活躍する己。

たとえリトルマリーと再婚し、ロバートとの正面衝突を避け、タレント業で左団扇な余生を過ごしたとて、歩みを止めて甘い汁を吸って死んだとて、誰がロッキーを非難できましょう。

しかしイタリアの種馬は、立ち止まっても必ず立ち上がる人です。(我々同様)決してタフではない心を奮い起たせ、欲ではなく夢に向かって、叶うまで前進し続ける人です。叶えたのち、「俺でもできたんだから、君もできるだろう?」と、その背中で我々を引っ張ってくれる人です。

そんな人だから、周りが助けたくなる。リトルマリーは自ら恋路にけじめをつけ、ロバートは世間体を無視して父を慕い、あのポーリーが心から応援したのはそういうわけです。

では、50半ばの拳闘家が試合に出てまで、還暦のアクション俳優がボクサーを演じてまで、ポーリーやリトルマリーや我々に証明して見せたかったこととは?叶えて見せたかった夢とは…?

それは、“心だけは歳を取らない”こと。成長し続けた心に平和がもたらされ、不安や恐怖が消え去る“勝利”の日まで、一人一人がファイターだということ。

さあ立ち上がれ、世界中のファイター達よ。生きているなら、まだゴングは鳴ってない。俺達にはロッキーがついてるぞ。



―以下名台詞の備忘録です―



ロッキー「世間を気にするなんかとっくの昔にやめた。自分の考えで生きてる。時間から逃げることはできないだって?そりゃ、じっと立ち止まっていればの話だろう。」

ロッキー「時々息が苦しくなるんだ!心の中がどうしようもなく荒れて…!」

リトルマリー「大抵の人は情熱はあっても、その炎を燃やす機会に恵まれず、いつか炎も消えていくわ。でもあなたは別。せっかく機会を得たんだから、燃やしなさい。それがあなたよ。これまでもこれからも。他人の思惑に左右される人じゃないでしょ?他人の目にどう映るかなんてどうでもいいはずよ?大切なのは、自分自身が納得できるかよ。本当に闘いたいと思ってるの?あなたが心から闘うことを望んでいて、また闘うべき試合なら、闘いなさい。闘うのがボクサーよ。」

デューク「好きなことに挑まず後悔するよりも、醜態を晒しても挑戦した方がいい。」

ロッキー「お前は、人に面と向かってバカにされても平気な人間になった!困難とぶつかる度に、自分の不甲斐なさを父さんのせいにした!だがお前にも分かっているはずだ(それが誤りだということを)。世界は厳しく、辛いことも待ってるし、気を抜いていたらドン底…それが人生なんだ!人生はどんなパンチよりも、重くお前を打ちのめす!だがどんなにきついパンチだろうと、どれだけこっぴどくぶちのめされようと、休まず前に進み続けろ!ひたすら苦痛に耐え前に進むんだ!その先にだけ勝利がある!自分の価値を信じるなら迷わず前に進め。決してパンチを怖れるな!人を指差して、自分の弱さをそいつらのせいにするな!それは卑怯者のやることだ!お前は卑怯者なんかじゃない!この先に何があろうと、俺はお前を愛し続ける。自分を信じて生きろ。でなきゃ、人生でなくなる。」