海

浮き雲の海のレビュー・感想・評価

浮き雲(1996年製作の映画)
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夜には灯りがあって、寝室には静けさがあって、わたしにはあなたがいます。夜がいちばん青くなるときは、夜が明ける一瞬前なのだと気づいたのは、はじめて眠れなかった日だった。悲しみは青く、幽霊は青く、雨の日の街は青い。犬がリードを引っ張るときの手首に感じる重さ、猫が夕方おきてきたときのやわらかな毛のとおい草原の匂い、その魂をゆさぶる幸福は、ともに暮らさなければわからない。触れてみるまではその熱さを知らない。知らないことについて何も書けはしない。今日はずっと雨が降っていた。そんな中でこの映画を観た。ときどき風が音を立てて吹くので、横なぐりの雨が家を濡らしているところを想像した。しあわせとは早朝にあなたを照らしだす窓があること、しあわせとは泣きながら目が覚めた真夜中にそっとほおずりするいのちがそばにあること、しあわせとはそう呼ばれなくても名乗り出て手をとりあえること。わたしはまだ生きていける気がした、あなたに生きていこうと言える気がした、生きていこうと言えることが生きていける力になってくれる気がした。おわらない文章をずっと書きつづけたい、おわらない歌をずっと歌いつづけたい、手が痛くなっても大丈夫、喉がかれてしまっても大丈夫、さいごまで読めるよ、さいごまで聞こえるよ。海には波があって、森には風があって、あなたには、わたしがいます。
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