葛西ロボ

浮き雲の葛西ロボのレビュー・感想・評価

浮き雲(1996年製作の映画)
4.2
冒頭、厨房で起こる事件のオフビートな笑いから始まるように見えて、壁にしっかりと映る陰影がその社会的な背景を暗に物語る。二度目の視聴で改めて、そのカメラワークや演出が際立っていると感じた。

トラムの運転手、老舗レストランの給仕という共働きをしている仲睦まじい夫婦を不況が襲う。
旦那は路線削減の煽りでリストラされ(この時の所長のディーラーの如きカード捌きよ)、妻は働き先の買収によって職を失う。
レストランのオーナーの想いが歌と最小限の演出によりロマンチックに語られ、今までに大切にされてきたものが失われていくことの哀愁を漂わせる。

その後の夫婦の悪戦苦闘。身体的な欠陥、年齢などのフィルターによって再就職が上手くいかない様をコメディータッチに、弱者への同情ではなく、温かみや寄り添いで描くのがとても感じ良い。(寝ている妻の脈を確かめるな)

さらに悲劇が重なるような展開も、その独特な抑揚のない台詞回しや、人間の力強さや清貧さを何の衒いもなく描き出すスタイルによって重く感じさせない。
わかりきった辛さや孤独をあえてさりげなく演出し続けることで、最終的に何でもないように演出された喜びが、幾倍にもなって押し寄せてくるのだろうな。というのは「ル・アーヴルの靴みがき」のラストでも感じたことだ。

また、当初から飼っている犬の存在も忘れてはならない。夫婦の過去についてはレストランの支配人同様に直接は語られないが、映し出されるものによってある程度は推察できる。
犬のなんでもないシーンのひとつひとつに愛がこもっている。
そして、その愛は語られずとも物語に深く溶け込んでいる。

アル中でも腕は確かなシェフ。剛直かつしたたかなクローク係。どこか抜けつつも実直で愛すべき人々がいて、日々をどうにかして生きていく力強さを、その朴訥さを、テレビの向こうのニュース、ひいては現実世界へのカウンターとして描いているように感じた。