カラン

4ヶ月、3週と2日のカランのレビュー・感想・評価

4ヶ月、3週と2日(2007年製作の映画)
4.5
ドラマ。ルーマニアは第二次世界大戦後、旧ソ連の圧力で社会主義となり、チャウシェスクが独裁政権を築くと、労働力確保のために多産を奨励し、中絶禁止令を出し、違反者を処罰した。そのために非合法で闇に隠れた堕胎が行われるようになり、さらに暴力や感染症や遺棄といった問題が当然頻発することになったようだ。


こういう深刻な歴史的事実に関する話なのであるが、これは映画である。映画として楽しいのである。中間距離のショットに注目してほしい。なお、映画は上記した事情を予め説明するような真似はしない。前置き的な説明は、出来事をクソまじめに追跡することを最優先し、他は捨象するこの映画のやり方ではないのだろう。オープニングは女子寮で、2人の女には事情がある。現金が映る。十分だろう。出来事を追跡するぞとカメラはミディアムロングで構えて、陽だまりになったテーブルの前で動き出す。(テーブル①)

☆ショット

手持ちのカメラがよく揺れるが、忍耐強い。クロスカットはしない。フラッシュバックもしない。出来事は今、ここにある。フレームは出来事を追いかける。時に女がガラスにキスを残して去っていく階段を、ガラスの手前の踊り場に留まりながら撮影することで、堕胎という出来事の進行がもたらす不安をスクリーンの手前に残して。

観客の退屈に譲歩して、何も存在しないのにカメラを寄せたりはしない。伝えたいことがないのに、要するに言いたいことは、、、などとクロースアップに集約したりしない。監督のこのような素朴さやタフネスさはただただ《映画》に捧げられているのであり、身を低くunder-standして観るならば、やはり映画とはショットなんだときっと感心してもらえるだろう。

独りよがりの彼氏の母親の誕生日に呼ばれる。堕胎の密室を後に。早く戻らないといけない。せめて電話をかけて確かめたい。ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」よりもずっと詰まった配置で、騒々しく自分の話を続けるジジイやババアに囲まれて、テーブルに座らされて、身動きが取れない焦燥とまるで理解のない彼氏への苛立ちという関係性を見事に表現する。ここでの爺さん婆さんの悦に入った語りの演技も見事であった。ぎゅうぎゅうに詰まって身動きが取れず不安と焦りで頭がおかしくなりそうなのに楽しい!人間的感情の全てがはちきれんばかりのミディアムショットだ。(テーブル②)

彼氏と仲違いしながら家を出る。孤独、夜の闇、堕胎の友人の安否、乗り遅れる不安、こういうことを歩道橋の軋む鉄板の音を響かせながらカメラは追う。

ホテルに戻る。エイリアン。バックに詰めて、再び、闇の中に。また焦燥、不安、恐怖、疲労。

もう一度ホテル。ここでまたテーブルでミディアムショット。ただし今度は、空疎な。(テーブル③) そして、オフスクリーンの音に反応して、『カビリア』や『大人はわかってくれない』のような顔=運動→眼の悦びでエンディングとなる。ここはもう少しだけよくできたかも。そしたらシネフィル君たちがにゃんにゃんしていただろうに。(^^)


☆サウンド

レンタルのDVDはリニアPCMのステレオ2chであるが、音響エンジニアリングで逆相をかなり上手く使っているように感じた。通路を抜けていく空気感や反響音の遠近感がリアルに出ており、2chだが、空間性や方向性、路地や廊下で反響した闇の中の無方向性がよく出ていて見事。こういうエンジニアリングは家庭用のソフトだけでなく、劇場でも2chなのだろうか?
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