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黒い罠のCinemanのレビュー・感想・評価

黒い罠(1958年製作の映画)
4.0
『黒い罠』
オーソン・ウエルズ監督
1958年アメリカ
鑑賞日:2013年2月13日 U-next

冒頭3分で力強い映像にグイグイ引っ張られてあれよあれよという間にウエルズ独特の世界に引きずり込まれてしまいました。
どのように引き込めれてしまったかというと。

(1)パン・フォーカス(被写界深度の深い画面)。
被写界深度が深いというのは例えば目の前のテーブルに置いてある花瓶とその10メートル後ろにいる人物の両方にピントがあっているということです。
現実にはぼくたちはそんな世界を見たことがない。
手前を見つめれば後ろにはピントが合わない。
見逃してしまいがちですが、
見ている世界すべてにピントが合うというのはとってもシュールです。

(2)ワイド・レンズであおった視点。
人物を下から広角レンズを使って見上げた視点で撮っているため、
どこか威圧感を感じる画面になるんです。

(3)自在に動き回るカメラ。
冒頭3分半ノーカット長回しで物語に引き込まれてしまいます。

時限爆弾をセットする手元のアップ→遠くの店から男女が出てくる→彼らが乗ろうとする車に時限爆弾を仕掛ける男→男女が車に乗ってゆっくり走り始める→狭い通りをゆっくり走る車をカメラは追う→その車の脇を歩いている男女→今まで車を追っていたのに通りを歩いていた男女に視点が変わる→通りをゆっくり歩くその男女(彼らが主役かな?)のすぐ脇にダイナマイトを仕掛けられた車がゆっくり走っている→物売りやら羊やら人々がのんびり歩き回っている狭い通りを爆弾を仕掛けられた車と主人公らしき男女はつかず離れず動いている→国境を超えた主人公の男女が通りの真ん中で抱き合ってキス。その途端に近くで車が爆発する。

パン・フォーカス、ワイドレンズであおった視点、なめらかなカメラの動き、この三つの要素で異様な迫力が生まれるんです。
はっきり言って物語はどうでも良くなってました。
画面の面白さだけで全編楽しめるので物語に気が回りません。
本末転倒かもしれないけれど。
ただしそのたぐいの映画がぼくは大好き。
物語とか役者よりも「え?何?この映像!」と驚くことが好きなんです。
冒頭から3分半いつ爆発するのだろうとクレーン移動の長回しを見つめ続けるドキドキ感はたまりませんでした。
これだけで☆☆☆☆です。

【Story】
アメリカとメキシコの国境の田舎町ロス・ロブレス。
新婚旅行中のメキシコ人麻薬捜査官ヴァルガス(チャールトン・ヘストン)とその妻スーザン(ジャネット・リー)のすぐそばで車が爆発します。
車に乗っていたのはその町の顔役リネカーと若い愛人。
しばらくすると現場にクインラン刑事(オーソン・ウエルズ)とアメリカ人捜査官が到着します。
ヴァルガスはクインランに刑事に車に爆弾が仕掛けられたのはメキシコ側だから自分が捜査を担当すると主張します。

アメリカ人とメキシコ人。
お互いが牽制しながら物語はすすみます。
メキシコとアメリカが混濁とした国境の田舎町でのヤクザと警官、
ヤクザとメキシコ人、
ヤクザとアメリカ人、
さまざまなトラブルが生じます。
ヤクザと警察の暗黙の了解やわいろが絡んで思わぬ結末が待ってました。

【Trivia & Topics】
*シガニー・ウイーバー。
ウイーバーはモーテルで働く気が小さくて常におどおどしている夜勤労働者でした。

*メヂカラにすくみます。
街のカフェ・酒場のマダムのマレーネ・ディートリヒ。
ごみ溜のように汚らしくていかがわしい場末の田舎街になんでこんなに毅然とした女性がいるんだろう。きっとわけありだなと思わせるほどまわりの雰囲気とかけ離れて素敵でした。
出番の少ないディートリッヒですが本人はこの映画のラストシーンの自分の演技が生涯最高の演技だったと述べています。

*ジャネット・リー。
ヒッチコック監督の『サイコ』(1960)でアカデミー賞助演女優賞にノミネート、ゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞していますがその他記憶に残らない女優です。
彼女の一番のシャームポイントはオッパイだということをこの作品で確認できました。36分目あたり彼女がベッドで電話しているシーン。
下着越しの乳房の美しいこと。っま、どうでもいいですが。

*オーソン・ウエルズ。
肥満の印象が強いオーソン・ウェルズですが本作品撮影当時にはそれほど太っていませんでした。
ウェルズは巨漢の老刑事を演じるために老人メイクアップと体中に詰め物をして体が大きく見えるよう下からのアングルで撮影しました。
あるとき撮影後着替える時間のなかったウエルズは老人用メイクアップで体に詰め物をしたままパーティに行きました。その場に居合わせたハリウッド関係者たちは「この前会ったときと変わってないね」「元気そうで何よりだ」と声を掛けたといいます。

*もめにもめました。
ウェルズは製作に金と時間をかけすぎる扱いにくい監督と言われていました。
その評判を払拭するためウエルズは本作で設定されていた約90万ドルの制作費で39日で撮影終了というプランにほぼ収まりました。

ところがそれからが大変でした。

撮影と編集が一段落したウエルズが制作資金集めのためメキシコに旅立った間にユニバーサルは物語のプロットが難解すぎるという理由でウエルズに無断で脚本変更、追加撮影、再編集して109分に仕上げました。
これは[試写会版]と呼ばれています。

激怒したウエルズは58ページに及ぶ自分の意見を述べたメモを提出しましたが却下。
その後ユニバーサルは先行試写会が不評だったために96分に縮めて[劇場公開版]とし1958年5月に2本立ての添え物作品として公開し興行的に惨敗しアメリカ国内の批評家たちの評価も悪かった。
しかし同年ブリュッセル万国博覧会で上映し、審査員のジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーたちから絶賛され、万博の最高賞を与えられました。

1998年にウェルズが残したメモに基づいて再編集を施した111分の[完全修復版]が公開され素晴らしい興行成績をあげ若い世代の映画製作者やファンたちから再評価されカルト映画として認識されています。

ちなみにウェルズにとって本作品がアメリカにおける最後の監督作品となりこれ以降ウェルズはヨーロッパに拠点を移し、そちらを中心に活躍することになります。
現在サブスク配信されているのは[劇場公開版]です。

【5 star rating】
☆☆☆☆
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