海

風たちの午後の海のレビュー・感想・評価

風たちの午後(1980年製作の映画)
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始まりがいつかなんてわからなくて、ただとなりにいるあなたの体に、わたしのすっかり力の抜けた体で、もたれかかってみたい、そんなことばかり考えている。秋に雨がふると、おもいだすひとつの夜があって、わたしはそのとき、ちゃんとおとななのに、転んだだけで泣きじゃくる子どもにもどったような気持ちになる。息をすると、心臓が痛くて、頬があつくなってくのを感じる。1月の月をみつける。帰ったらもう眠るだけにしよう、小学校のプールのそば。2月の花をみつける。溶けかけのゆき嫌いだったの、今は好きなのと聞くときの笑ったかお。3月の猫をみつける。そだてる手はうつくしいねってさわらないままみているだけ。4月の川をみつける。雨がふってた夜はまるで夢みたい、だけど朝までつづいた。5月の鈴の音をみつける。青かな緑かな。波みたいに順番こ。6月の眠りをみつける。夜を何回重ねたら、まっくらな部屋になるんだろう。7月の影をみつける。詩を読んだ、かわいた真っ白な廊下だ。8月の夢をみつける。いまが冬だとしても、わたしは汗をかいて喉を渇かす。9月の雨をみつける。すべて終わったのに、なにも終わってくれない。10月の手紙をみつける。船のうえは、死にそうなほど寒いと聞いた。11月のおれんじをみつける。さよならのキスも友だちのキスだからわらって。12月の海があなたをみつける。わたしとあなたの声、ひとつの詩みたいに分け目がなくなってく。何度目の秋かわからなくなって、あなたの夢を見ることも減った。見ないことはさみしいのに見ることはくるしい。たまにそんな感情さえわすれる。夢であなたに会ったあとは、わたしの舌はかならずからまって、それなのに話したいことはたくさん思い浮かんだ。名前を呼ばれるだけでいくらだって泣くことができた。美津と夏子のふたつの体で埋まりきったあの小さな傘の下、ふたりが道の端へ寄り立ち止まったあの空間は、ベッドのうえよりも近くて、棺よりもせまいんだ。わたしはあの傘の下を知ってる。今は楽園よりもずっと遠い、あのシーンがあるだけでわたしはこの映画をしぬまで嫌いにはなれないと思って涙がとまらなくなった。もうこれ以上溶けることはできないくらいに溶けきってしまえたらよかった。骨もなくって、肉だけがあって、爪もなくって、ゆびだけがあって、歯もなくって、息だけがあって、声もなくって、涙だけがのこって、みえなくても感じて。すがたも何もなくなって、夕方の、一瞬の、黄昏れの、落とす深く清い影のように、あなたの体にもたれかかることができたらよかった。しずんでゆく陽が、あなたの髪を撫で、耳をさわり、背中をすべり落ちていく。すてたい、皮膚のひだも、ゆびのささくれも、空腹も我儘も。わたしはやさしくなりたい。生きてきた体、生きている体、生きていく体。そのなかにいるあなた。あいまいな言葉と、縺れはてた舌で、それなのに、いとおしいと、感じる心だけがあまりに鮮明だった。
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