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ALI アリのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

ALI アリ(2001年製作の映画)
3.3

このレビューはネタバレを含みます

モハメド・アリがまだ本名のカシアス・クレイを名乗っていた1964年、彼はそれまでのチャンピオン、ソニー・リストンを破り世界ヘビー級王座を獲得。当時のヘビー級では革命的なボクシングスタイルと、畳み掛ける挑発的な発言で一躍スーパースターへと上り詰めるが…。

伝説の世界ヘビー級チャンピオン、カシアス・クレイ=モハメド・アリの激動の半生を描いた伝記映画。

モハメド・アリは、「最も偉大なボクサーは誰か?」という問いには必ず名前が挙がるレジェンドだ。
私が子どもの頃、ピークは過ぎていたものの、まだモハメド・アリは現役だった。
その破天荒な人生はニュースやワイドショーなどで聞いていたものだ。

人種差別と戦うマルコムXとの親密な関係からイスラム教に入信し、白人がつけた名前を捨ててモハメド・アリに改名。
ベトナム戦争での徴兵を拒否し、国家を相手にした裁判でプロボクサーの資格を剥奪される。
訪れる経済的苦境、繰り返される結婚と離婚…。
リング上の戦いだけでなく、プライベートにおいても、およそ一人の人間とは思えないほど多くのことがアリの身には起こる。

そんな彼の人生には、どのような苦悩と葛藤があったのか?を期待したが、事実を追うことに終始してしまったのが残念な佳作である。

冒頭、黙々とロードワークに励む若きアリ。
途中、パトカーに職質されるが、アリは激しく言い返したりせず無言を通す。
ビックマウスな発言を繰り返し、また政治的姿勢を鮮明にしていたモハメド・アリのパブリック・イメージとは全く違う姿だ。

続く計量場面では人が変わったように王者ソニー・リストンを挑発する発言を繰り返し、その変貌ぶりに驚かされる。

一般に知られるアリの虚像と実像との乖離がそこにはあり、権力には反抗できない自分の精神的な弱さを隠し、己を奮い立たせるために対戦相手を挑発していたのか?と思わせる。
冒頭を見る限りでは、本作はそうしたアリの内面に迫る作品になるのか?と思ったが、本編はそうではない。

序盤が終了し、アリが王座に付くと「皆がよく知るアリ」の人物像になっていく。
知られざる逸話も乏しく、激しい感情の吐露も無く、隠された人となりを紹介するはずの伝記映画の醍醐味は少ない。

まるで王座についたアリが慢心し、「王である自分のすることは正しい」のだと、政治に口を出し、徴兵を拒否し、国家に喧嘩を打っているように見える。

アリに何か事が起こっても当時のアリの内面に迫っていかないために、見ている側がドラマに共感する余地がない。
自信過剰で傲慢な王が上手く行かずに不貞腐れているようにも見えるのだ。

プロボクサーという天職さを奪われた無念や人生への不安、自らの発言によってさらに追い込まれていき、妻や取り巻きが去っていく孤独を演出していないのが残念。

例え、嘘だったとしても、誰にも見せてはいない個人の弱さにアプローチしてこそ伝記ものの意義は宿るはずだが、本作は波瀾万丈の出来事を追うだけで精一杯だという印象だ。

しかし、良い点もある。
忠実に再現された試合のリアリティだ。
ボクシングシーンの迫力はディテールに拘るマイケル・マン監督の真骨頂である。

アリのスタイルが革新的だったのは、大男の殴り合いだったヘビー級ボクシングにテクニックを持ち込んだこと。
ジャブで間合いを取り、相手との距離を維持しつつ試合をコントロールする戦法はそれまでのヘビー級ボクシングには見られないものだった。
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と言われた身のこなしは、ヘビー級史上最速で動く選手と言われた。
ダンスのような足捌きでアリの動きを再現したウィル・スミスのなりきりぶりは見事だ。

劇中ではソニー・リストン、ジョー・フレージャー、ジョージ・フォアマンといった猛者が次々とアリの前に立ちはだかる。
長きに渡る王座の奪い合うだが、対戦相手がいかに強敵であるかを描いていないため、少々カタルシスにかける。

さすがにクライマックスのジョージ・フォアマン戦は「本当に勝てるのか?」とハラハラする。
ブランクがある上に全盛期を過ぎているアリがフォアマンに挑むことは無謀にすら見えるからだ。

キンシャサでの戦いの大方の予想はフォアマン勝利、アリが人生初のKO負けを喫するとも言われていた。
しかしロープを背負って防御に徹して打ち疲れたフォアマンを倒す、捨て身の作戦「ロープ・ア・ドープ」で勝利を収め、アリが王座に返り咲いた所で映画は終わる。

だが、劇中では全盛期のフォアマンがどれほど恐ろしい相手だったのかが描かれていないため、彼を倒して王者に返り咲いたアリの凄さが伝わっては来ない。
ここは「ロッキー」シリーズのシルベスター・スタローンの演出を見習ってほしいところだ。

唯一、アリにヒロイズムを感じるのは、白人に付けられた名前を捨てたことで、アフリカの人々に歓迎され、白人支配に抵抗する人々の期待を背負っているのだと感じるところ。
自分の戦いは無駄ではなかったとモチベーションにはなるのだが、同じ黒人の同胞とはいえ、見も知らぬ不特定多数の人間のために戦うとは共感し辛い。

実際の試合を完全再現したファイト場面の迫力、ウィル・スミスのなりきりぶりは素晴らしいものの、アリの心情に迫っていないドラマがもったいないという印象。

「レイジング・ブル」のような破滅的な栄枯盛衰でもなく、「ロッキー」のようなカタルシスのあるドラマでもないのが残念。
だが、波瀾万丈のアリの半生を知るための入門編にちょうど良いといったところである。
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