アニマル泉

野性の少年のアニマル泉のレビュー・感想・評価

野性の少年(1969年製作の映画)
5.0
トリュフォーが撮影のアルメンドロスと初めて組んだ厳かで瑞々しい傑作。白黒作品。トリュフォーはロメールの「モード家の一夜」を見てアルメンドロスにオファーしたという。冒頭の森に少年(ジャン=ピエール・カルゴル)が登場する場面が圧巻だ。シャープで光と影の印影が素晴らしい。木の上に登った少年が広大な森の中にズームバックしてアイリスアウトになる。トリュフォーは「俯瞰」の作家だ。空や地平線が描かれるのは稀だ。しかし本作ではその例外がある。一つは冒頭のアイリスアウトに続く印象的なショットだ。犬と猟銃の捕獲隊が迫ってくるロングショットで背後に鮮やかな地平線が走っているのだ。この後の少年の捕獲場面は、四つん這いで逃げる少年、追いかける猟犬、少年の動物のような疾走と猟犬との格闘が素晴らしい。少年、追う猟犬、猟師たちを捉えた俯瞰のロングショットも素晴らしい。捕獲の場面もクレーンアップする俯瞰ショットだ。俯瞰ショットでいえば夜の野原を少年が逃げていくロングの俯瞰ショットもトリュフォーらしい。空や地平線を描かないもう一つの例外は、夜中に少年が月光を浴びて激しく身体を揺すって歓喜する美しい場面だ。二階の窓から見ているイタール(トリュフォー)の見た目の俯瞰ショットで描かれる。そして見ているトリュフォー。ここでトリュフォーも少年が見ている同じ方向をふっと見上げる。そしてまさかの見た目の月のアップが挿入されるのだ。レアである。虚をつかれた。
坂本安美が指摘していたように、本作は「外と中」が主題となっている。外から中へ、中から外へ、人物の動きで連続させるカメラワークが素晴らしい。
愛と教育の映画だ。トリュフォーは子供を描く天才である。本作の少年を愛おしく、放っては置けない存在にしてしまう演出力には感服する。少年は名前と事物を結び付けることで認識と存在を覚えていく。「水=eau オー」「牛乳 =lait レ」を覚えて「ヴィクトール」という名前をもらう。少年は液体が好きだ。雨が降ると大喜びでずぶ濡れになり、川があれば頭を突っ込みたがる。「水」の主題が要所に張り巡らされている。
「火」の主題は蝋燭で強調される。トリュフォーと少年が鏡に映るツーショットで、炎に息を吹きかけて発音を覚えさせる美しいショットがある。「炎」と「鏡」の主題が見事に重なっている。「書く」こともトリュフォーの十八番の主題だが本作もトリュフォーが日誌を書き続け、ナレーションでトリュフォー自らその日誌を独白する。本作でトリュフォーは初めて自ら演じているが、本作を見たスピルバーグが「未知との遭遇」の出演をトリュフォーにオファーしたそうだ。
家から脱走したものの少年は自然にはもう戻れずに帰ってくる。ラストはトリュフォー十八番の「階段」だ。階段を登る少年がトリュフォーを見つめる不安な顔がアイリスアウトする。「大人は判ってくれない」のあの忘れがたいラストカットのドワネル少年のアップと重なるのだ。
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