きざにいちゃん

そして、私たちは愛に帰るのきざにいちゃんのレビュー・感想・評価

そして、私たちは愛に帰る(2007年製作の映画)
3.9
カンヌの脚本賞を獲った作品ということで観てみる。

父と息子、二組の母と娘という、都合三組六人の片親家族を複雑に絡ませながら、政情不安、反政府運動、違法移民問題などトルコやドイツが直面する今を背景に紡ぎ出される親子や人と人との繋がり、様々な愛の形の群像劇。

この作品も、吉田恵輔監督の『空白』とどこか共通点があり、ポール・ハギスの『クラッシュ』を想起させる。登場人物の繋がり方、すれ違い方が絶妙で、ストーリー展開に人間の運命や業という哲学的な深みを添えている。よく練り込まれた人間関係とそれぞれの人物造形に燻銀のような重厚さがある。

三組の家族、六人の男女それぞれの心情は様々だが、通底しているのは彼らが背負っている人生の哀しみや失意。それに折り合いをつけるべくもがき、時に間違えながらも小さな希望や赦しに辿り着いて行く彼らの姿の人間らしさは、なんとも言いようがない深みがある。
この作品の脚本が織りなすこの複雑な人間模様の色合いというのは、確かにカンヌの脚本賞に値する素晴らしいものだった。

自分はドイツ映画に詳しくないので出演者はほとんど知らない俳優達であるし、画面も生活臭のする作品の低予算を想像させるような画面ばかり。それでいてここまで引き込まれるのはやはり、脚本の力によるところが大きい。

特筆すべきはエンドロール。
珍しく黒字にテロップでなく、動画を背景に流れる。その動画は、静かに寄せては引く波打ち際の浜辺で海を見ながら父を待つ息子の絵。エンドロールなので数分間、ずっと静止画に近い動画が流れている。その動きの殆どない長い長いワンカットの動画が、なんとも言えず饒舌。

エンドロールに入る前の暗転で殆どの映画は終わっている訳だが、この作品はエンドロールが長いラストシーンで本編の内。自分がこれまでに観たエンドロールの中で最も印象深い、秀逸で新鮮なもののひとつだ。

邦題は、やはりもう少し考えて欲しい。
ドイツ語原題の意味は「向こう岸?向こう側?」英語は「The Edge of heaven」
邦題は『彼岸』もしくは『エッジ・オブ・ヘブン』くらいが良いのでは?