ぺむぺる

コーヒー&シガレッツのぺむぺるのレビュー・感想・評価

コーヒー&シガレッツ(2003年製作の映画)
5.0
昔、場末のスナックでコーヒーを飲んだことがある。

大学二年の、授業が終わり友人と構内を歩いていたときのこと。コーヒーが飲みたいな、というのはどちらが先に言い出したんだろう。わたしたちは双子の姉妹のように仲が良かったので、相手の考えていることと、自分の考えていることのさかい目が、うまく判断できなかった。

もちろん大学のカフェテリアは論外だった。うるさい連中に囲まれてうすっぺらいコーヒーを飲むくらいなら、努力も虚しく学生たちにあまり愛されていない教授の研究室で、本物のエスプレッソを飲ませてもらうほうがまし、というのが我々の一致した意見。結局愛されていない教授のところに行くのも気が進まず、学外で探すことになったのだけど、そこは東京の郊外、あくびが出るほど退屈な町だったので、駅前にだって気のきいた喫茶店はひとつもなかった。

キーコーヒーの看板をたよりにたどり着いたのは一軒のスナック。夕方の4時も回ってなかったはずだ。 コーヒー飲めますか、とおそるおそる店内に入る。 必要以上の笑顔で迎えてくれたママと、中年の男性客が二人。 先客たちはすでに瓶ビールを何本かあおっていた。

たとえ社会の限りなく小さな一端にせよ、大人のにおいのする世界に足を踏み入れているんだという感じがした。出されたコーヒーの味は大しておいしくもなかったが、このコーヒーのある風景をずっと忘れないでいようと思った。

一本の煙草を二人で吸った。
当時見たばかりの映画の話をした。
ママから棒アイスをもらった。
夏休みの小学生のような気分になった。

「コーヒー&シガレッツ、面白かったね」

この映画を見ると、あのときの空気に、彼のいた景色に、わたしは何度も何度も立ち帰る。
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