けんたろう

秒速5センチメートルのけんたろうのレビュー・感想・評価

秒速5センチメートル(2007年製作の映画)
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「桜花抄」
花、雪、月。移ろひに美を感ずる日本人の感性に寄り添うた、大へん叙情的なる一作。

スマホなんてものは無い。事前に調ぶ。徹底的に調ぶ。そして其れどほりにゆかねば、ひどく焦る。都合よきタイミングで連絡することなどは当然叶はない。
テクノロジイの発達は人と人との距離を短くしたと云ふが、果たして其処に美は在るのだらうか。謂はゆる “即レス“ なんてものに、一体美は在るのだらうか。簡単なるものは往々にして醜い。故に、手紙にて想ひを伝ふることは美しい。もつと云へば、遠き地或いは其処に住まふひとへの恋慕こそ美しい。
時間を掛く。金を掛く。然れば、真剣なる思ひは彌〻重たくなる。重たき人間を嫌ふ今世の軽薄なる人々には到底解るまい、此の痛切なる思ひの美しさが。

嗚呼、逢ふことの厳しさが痛いほど身に染みる。近づくに連れて遠のく、此の矛盾たる悲哀よ。愛する人との間に横たはる、此の絶望的なる懸隔の悲哀よ。
其の果ての再会には、最早や感無量である。狂ほしきほどに恋ひしき人、時間、場所。溢るゝ思ひ。衝動的なる抱擁と接吻。畢竟、総べてが愛ほしい。男の子の絶望も、女の子の優しさも、そして其の唇の感触も。
何んと美しき物語りであらう。我が愛しの栃木県が舞台であるだけに、感慨も一入であつた。


「コスモナウト」
おゝ……ノスタルジイ。
在りし日の思ひ出が、まざまざと喚び起さる。部活帰りに連れ立つて行く、駄菓子屋やラアメン屋。総べてが現金で払ふ世界。然うだ! 私しの世界にキヤツシユレスなんてものはたゞの一つも無かつた! 嗚呼、彼の頃がひどく懐かしい。

兎にも角にも、全国の恋ひする乙女を応援する私しとしては、非常に胸を締め付けらるゝ一作。
伝へられぬ想ひをカブに乗せて──優しくしないで! 遠き地を眺めたる男を恋うてしまうた其の切なき咆哮に、深く心を揺さぶらる。


「秒速5センチメートル」
時は冷酷に過ぎ去りてゆく。

途切れてしまうた手紙。其れでもなほ想ひつゞく。到底叶はぬ想ひ。其れでも絶えず残りつゞく。
忘れられぬひとが居る。忘れられぬ姿が在る。其れでも此の生は、一秒たりとも留まらぬ。
人口一千万を超ゆる此の東京といふ街で、再び彼のひとゝ出逢ふことを──最早や奇跡としか形容できまいことを──少しばかり期待して、然し彼れらは一歩々々確かに進んでゆく。

美し。

山崎まさよしの名曲に乗せられて紡がるゝ、究極果敢なき移ろひの物語り。名状しがたき切なさを覚ゆ。