改めて観直してみると、世間一般のポップカルチャーのランボー像と、2作目以降のテンションが全く違う…普通に社会派映画でビックリする。
アメリカンニューシネマの文脈を色濃く引いているとは評されるけど、ベトナム戦争と帰還兵へ社会の薄っすらと恐怖を抱いている空気感や、今作単体のランボーの救いのなさは確かにと。
社会に見放された孤独なランボーと、本国人達との断絶が本作のテーマの一つだけども、ベトナム帰りのランボーに対して、ブライアンデネヒー演じるティーズル保安官は朝鮮戦争帰りなんですね。
戦争らしい戦争を帰ってきたティーズルとゲリラ戦や非正規戦で消耗してきたランボー。ここにも世代間の断絶がある。
82年の映画ながらフィルムがバッキバキに決まってて、古びたチープさを感じない。ワシントン州の片田舎の霧がかった木々や山脈の優美さも色褪せてない。
アクションシーンも警官たちを次々に狩っていくシークエンスは最早ホラー映画だし、ラストの市街地戦も静かに保安官の首を締め上げるような静的なアクションで、2作目以降の派手さを抽出した作品群とのテンションの違いを改めて感じる。
ネタで「天使にラブソング」の方が人が死んでるとも言われるくらい。
ランボーが洞窟で松明の火で空気の流れを読んだり、細かい描写が意外と丁寧に積み上げられていて、大味な作品イメージともギャップを覚える。
筋肉隆々で歴戦の勇士であるランボーが、泣きじゃくる姿は、胸に迫るものがあるし、シルヴェスタースタローンの演技力も垣間見えると言うもの。
以降のシリーズで何度も戦場に舞い戻ることになるランボーだけど、本作単品で観れば彼に必要なのは静かな休養であって、その意味で永遠に報われない彼が可哀想すぎる。