くまちゃん

人斬りのくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

人斬り(1969年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

司馬遼太郎の短編を下敷きとして、橋本忍が脚本を、五社英雄がメガホンをとった今作。

荒々しく獰猛で野獣的な太刀筋。
それとは裏腹に繊細で無知が故政治に振り回された純粋過ぎる剣豪岡田以蔵。
決して座頭市のような怪物ではない、あくまで等身大の存在として力強くも脆弱な男を勝新太郎は演じている。
このキャスティングは彼以外ありえないだろう。

対して、未来を見据える革命的な側面と不要な駒を容赦なく切り捨てる独裁的な側面を内包する土佐勤王党盟主、武市半平太を仲代達矢が演じている。
無機質で機械のように表情がなく冷酷、
見開かれた眼光がその男の危険度を表している。

二人の関係性を主軸に、史実とフィクションを織り交ぜた至高の時代劇。
一種の文学的とも言える丁寧な描写の数々は芸術と言って差し支えないだろう。
一つ一つのシーンが長く、カットも少ないが、ドラマチックで舞台を見ているかのような趣がある。

岡田以蔵と並ぶ剣客、田中新兵衛。
演ずるは文豪三島由紀夫。
役者ではない三島の朴訥とした演技が、
むしろ田中新兵衛の狂気を増幅させているように見える。
姉小路公知暗殺の嫌疑を掛けられた田中新兵衛は切腹による壮絶な最期を遂げる。
彫刻のように鍛えられた三島由紀夫の肉体と、文人とは思えぬ迫真も相まって、凄惨でありながら美麗、時代劇を代表する名場面である。

仲代達矢が三島由紀夫になぜボディビルをやっているのか尋ねた所、
自分は死ぬ時は切腹をする。その際脂身がでたら嫌だからと答えたそうだ。
事実、今作公開の翌年、三島由紀夫は後に三島事件と呼ばれるクーデター未遂をおこし、割腹自殺を遂げている。

今作はそのための予行演習だったのか。

事件の影響もあり、よりセンセーショナルな価値を纏ったと言えるのかもしれない。

冒頭の吉田東洋暗殺は豪快かつ生々しく描かれ、泥と血と汗が混ざりあった臭いが画面越しに伝わってきそうだ。
この事件が岡田以蔵を変えた。
血のように真っ赤なバラが映り、血飛沫の世界を歩みだす。

山城屋のおみのは岡田の情婦であるが、作中の描写から、客以外の特別な感情を抱いているのは明らかだ。
おみのは孤独だった。30両の借金はいくら稼いでもなくならない。
一生お金に縛られるのだと。
岡田は何をしようにも武市の影がちらつき障壁となっていた。
一生武市半平太と土佐藩に縛られる。
自分達は一緒なのだとおみのは語る。

岡田の弟分、皆川一郎が酒を持って来着した。
毒入りの酒をあおり皆川は死に、岡田も生死の境を彷徨った。
その際浮かんだのは真っ赤な血の色。
今まで手にかけてきた亡者の断末魔。
武市と土佐から逃れようとしていた岡田はいつの間にか血の呪縛に囚われていた。洗っても洗っても決して拭えぬ、消えぬ過去。

岡田は高知城の番所に赴き、吉田東洋暗殺の真相と引き換えに謝礼を要求する。

30両。

おみのの借金分である。

岡田は己の犯した罪を全て自白した。
姉小路公知の件も含めて。
殺人の処罰として岡田は磔台に立たされる。

武市半平太は政治犯として切腹になるが、岡田以蔵はならず者として獄門に処せられる。

同じ罪人でもあの世への航路が異なる。

岡田は死して晴れて武市半平太から開放される。
初めて自由を手に入れたのだ。

今作は主に五社英雄監督の得意とする滅びの美学を徹底追求している。
勝新太郎、仲代達矢、三島由紀夫、マッチョイズムの権化達が作品テーマと合致した結果、より高みへと映画の格が上がっている。

これほどの文学芸術が未だに国内で円盤化されていないのは、日本七不思議の一つであり、日本映画界の大きな罪業と言える。


今作品は五社英雄監督没後30年の節目を迎えた2022年8月30日に同監督作品「御用金」「女殺油地獄」とともにBlu-ray&DVDがリリース。
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