紫のみなと

人斬りの紫のみなとのレビュー・感想・評価

人斬り(1969年製作の映画)
3.7
父が坂本龍馬のファンだったので、私も幼い頃から盲目的に龍馬ファンになりました。
自宅の本棚には司馬遼の「竜馬がゆく」はもとより、坂本龍馬のすべてとか、坂本龍馬読本というような読み物も多く、子供だった私は父の尊敬する人物は素晴らしい人に違いないと思い、雑誌の読みやすい所だけ読んで龍馬を理解しようとしていました。
そんな中で父の影響ではなく自らこの人好き、と感じたのが武市半平太で、3つ子の魂とはよく言ったものですが、その後、賛否両論ある武市だったのだ…ということが解ってからもやはり武市好きは変わらず、大河ドラマや映画で武市半平太が出るとなると、誰が演じているのか非常に気になります。

本作では仲代達也が武市半平太を演じています。成程この手があったか‼︎ と唸ってしまいました。見た目は完璧。しかし冒頭から、この映画の武市半平太は冷血版なのね…とその描写にがっかりしつつ、まあ「映画」として鑑賞すればいいのだと、いやに色っぽい仲代半平太を堪能しようとしましたが…。

岡田以蔵という、身分が低く、政治的信念や志のない、ただ人を殺すことだけに人並外れた才能をもつ若者の短い生涯を、より哀しく、よりその不条理を誇張して描きたかったのでししょうけど、いくらなんでも武市半平太をまるきり悪者に仕立て上げている脚本に、やっぱり呑気に観ていられなくなりました。

そもそも土佐藩の非常に複雑な身分制度や、土佐勤王党という集団がどんな理念で土佐藩の中でどんなふうに存在していたのか等のバックグラウンドが全く描かれてないので、ただ暗殺だけを繰り返す土佐勤王党とは一体なんぞや?と観客は思うのではないでしょうか。

とは言え岡田以蔵を演じる勝新太郎。
勝新太郎の映画を私ははじめてみたのですが、捨て犬の様な瞳、無骨でギラついている一方でヨーロッパの俳優の様な気品も感じてしまう、すごい俳優だなと驚きました。自分の持っている以蔵のイメージとはかけ離れているけど、岡田以蔵はそもそも写真が残ってないので、ほんとにこんな丸ぽちゃほっぺだったかも知れないですしね。

それからオープニングのクレジットでびっくりしたのが三島由紀夫!薩摩の田中半兵衛役で、有名な切腹まで演り切ります。
筋肉マンになっていた三島由紀夫の切腹シーンは絵的にもなかなか見応えありましたが、証拠の刀を見せつけらるシーンはもっと驚愕の表情とか欲しかったですね。

以蔵の馴染みの女郎の倍賞美津子もとてもキレイで臨場感があった。細かく言えば京都弁を喋って欲しかったですが。

ずっこけたのは坂本龍馬演じる石原裕次郎です。この髪型なんなんですか?確かに坂本龍馬のもつ父性的な包容力、春風のようなやさしさが、雰囲気としては充満していますが、そこだけ。
なんといっても以蔵も半平太も龍馬も上品な標準語で何故か土佐勤王党の志士だけが土佐弁でセリフを言っている。
監督は五社英雄。五社監督は土佐モノがお得意な筈で、「鬼龍院花子の生涯」では仲代達也に土佐弁を吐かせていたのに以蔵と半平太と龍馬に土佐弁使わないってどういうこと?
日本史の謎のひとつ姉小路暗殺の首謀者を武市半平太にしたり、以蔵と田中半兵衛をお友達にしたり、礼儀に厳しい半平太に片膝立ててところてんをズルズル啜らせたり、もう五社監督はやりたい放題です。

五社監督は宮尾登美子原作の映画化が多く、原作物の映画化は原作ファンから色々言われて大変だと思いますし、映画ですので、当然原作とは別物として見ないといけないのは分かりますが、宮尾登美子の時も思ったけど、ひとつの作品を仕上げる上で登場人物や出来事や解釈を多少替えるのはいいけど、武市半平太が姉小路暗殺の犯人でもまあいいけど、その作品を貫いている主題、その一本の筋だけは捻じ曲げないで欲しい…。
にしても、「櫂」はきちんと主題に徹していて大好きだし「鬼龍院花子」は映画として面白かったですけど。

とにかく本作も濃すぎる五社英雄監督映画でしたが、草いきれのむんつく陽光を受けながら涙を流す勝新太郎のアップなど、心に残るシーンも沢山ありました。