みーちゃん

ベニスに死すのみーちゃんのレビュー・感想・評価

ベニスに死す(1971年製作の映画)
5.0
130分間、ルキノ・ヴィスコンティ監督の世界に魅了される幸せな時間だった。

オープニングから衝撃的な美しさ。波、黒煙、船…。カメラがゆっくり左に動きながらフォーカスイン。マーラーの「アダージェット」との相乗効果で、いきなり心を鷲掴みにされた。

本作は自分でも驚くほど、主人公の気持ちになって観てしまった。その過程に"疫病の流行"という要素を入れたのは見事だと思う。表面上は美しく機能している街並みや秩序、人々の装い…これらが一瞬で崩れ落ちる危うさ。生と死、老いと若さ、美と醜など、全ての事柄が表裏一体であると同時に、強烈なコントラストを放つ。

中盤以降のアッシェンバッハの行動は正気を失っているように見えたが、井戸の脇で笑い声を上げた時、ちゃんと客観視できていると分かった。だから自分で自分を笑ってしまう。それが痛いほど伝わり、私は更に彼に感情移入した。

すると不思議なことに気持ちが楽になった。この惨めさに快感を覚えた。そして、もっと悲惨でありたい、もっと醜くなりたい、と自ら願った。表面とは裏腹に、本質は至福と美に近づけるような気がしてくる。

だからビーチのシークエンスは白髪染めがボルサリーノを汚して黒く流れ落ちるくらいが丁度いい。タジオから蔑みの目で見られても構わない。それどころか、自分の存在が最初から認知されていなかったかのように一瞥すら無くていい。いっそ、それくらい残酷な方がいい。

煌めく太陽光線の下でシルエットを爆発させるタジオと、それを目に焼き付けながら、絶頂の中で果てるアッシェンバッハ。壮絶な最期だった。…と、普通ならここで終わると思う。ところが、やはり普通じゃない。

ここからビーチ全体の引きの映像。それによりアッシェンバッハに寄り過ぎていた観客の視点を俯瞰に戻してくれる。

もはや抜け殻と化した彼の小さな身体が、この世界の異物として退場させられ、幕を引く。
そうか、ここまで描き切って、はじめて"作品"として完成するのか!完璧。