鍋山和弥

ザ・リング2の鍋山和弥のネタバレレビュー・内容・結末

ザ・リング2(2005年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

この作品のテーマは、ホラーでありながら、親子愛。前作では、モンスター的な、位置合いだった、ハリウッド版『貞子』の『サマラ』。今作では、母親を、探し求める、1人の少女としての、位置合いだ。『サマラ』は、前作で、『レイチェル』によって、井戸から、探し当てられた。そして、『レイチェル』は、息子『エイダン』を、本当に、大切にしていた。そのことが、『サマラ』が、母親として、『レイチェル』を、選び、『エイダン』に取り憑く、きっかけとなる。これは、つまり、『サマラ』は、『エイダン』に取り憑き、『エイダン』に代わって、『レイチェル』の、子供に、なろうとするという、ホラー的な感じで、同時に、『サマラ』も、『エイダン』も、『レイチェル』からの愛を、浴び続けたいという、母性を、求めるという、ものでもある。『レイチェル』は、確かに、前作で、『サマラ』を、探し出した。でも、それは、『レイチェル』、『ノア』、『エイダン』が、助かるため。探し出した当初は、『レイチェル』には、『サマラ』への、同情心は、確かにあっただろうが、『サマラ』は、『ノア』を殺し、『マックス』を殺し、息子『エイダン』に、取り憑いた。もう、『サマラ』への、同情心より、憎しみや、恐怖心が、強くなるのが、当然のような、気がする。『エイダン』か、『サマラ』で、『レイチェル』が、『エイダン』を、選ぶのは、当然なような、気がする。だが、『サマラ』の方は、井戸から、探し出してくれた、『レイチェル』に、やはり、母性を感じた。『ママ以外、要らない』とまで言った。親子愛なのだが、最早、ストーカーのよう。前作の感想文で、僕は、『サマラ』は、モンスター的側面が、強いと言ったが、さすがは、日本版『リング』の監督。見事に、『サマラ』を、母親からの、愛に餓えてる、1人の少女として、描き直した。これが、Jホラーだ。結局、『サマラ』は、救われなかったが、・・・・。やはり、日本人と、アメリカ人は、ホラーにしろ、感性が、違うということなのだろう。
鍋山和弥

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