Kuuta

東京上空いらっしゃいませのKuutaのレビュー・感想・評価

東京上空いらっしゃいませ(1990年製作の映画)
4.6
中井貴一の吹くトロンボーンが嘘っぱちなのと、終盤のキスの意味がピンと来ない事を除けば、ほぼほぼ完璧な映画じゃないでしょうか。私が映画に求めるものは揃っていました。

これが娯楽作として全国公開されていた事実に改めて驚く。時代が豊かだったというよりは、相米さんが特異すぎるだけな気もするが…。

写真に映らない死者であるユウ(牧瀬里穂)は「動くこと」で生きた痕跡を残そうとする。靴を履いて、足をぶらぶらさせ、その場で飛び跳ねる。

白昼の幽霊である彼女が、自身の存在を確かめるように影を踏むシーンや、孤独を感じて回転式ジャングルジムの上で佇む場面(円形の遊具と背景の十字架の対比)が、非常に切ない。

扉を開け、フェンスを乗り越え、窓を通り抜ける。回転、上昇、落下が繰り返され、ラストで雨宮(中井貴一)は物を下に向かって投げる。天から降ってきた物語は重力を取り戻し、2人は「地に足をつける」。

冒頭、電車移動するユウと雨宮は、白雪(笑福亭鶴瓶)の敷いたレールの上に乗せられている。死んで蘇ったユウは、川越の駅のホームを降りて、レールの上を自分の足で歩き出す。やがて、ユウと雨宮は車で移動するようになる。

青山真治の「空に住む」のように、椅子と足置きで横になるユウは必然的に宙に浮く。ロフトと階段と梯子で構成された雨宮の家を、上下左右に切り取る撮影は圧巻だ。透明なコップが至る所に置いてあるのも面白い。牧瀬里穂のアクションを美しく捉えつつ、要所要所で長回しからのクローズアップやカットバックといった王道手法で泣かせにかかる。

子供の白と、大人の赤。川越でのロケで、後ろを通る車の色は延々と白と赤を繰り返す。ユウが雨宮にプレゼントする花束は、子供っぽさの現れなのか、殆どが白い花だが、一輪だけ赤いバラが入っている。雨宮がお返しに渡す花束は全て赤いバラで、ユウはそれを「川の上」で、人生を振り返りながら一本一本ちぎって投げ捨てる(それに合わせて花火が散っていく)。

おもちゃの電車で遊んでいる白雪の部屋。ユウは着せられた「ロボット」の殻を破り、三途の川にかかった橋の上から、物をぶん投げる。

17歳ながらキャンペーンガールを務めるユウは、子供なのに大人として振舞う事を強要され、その理不尽な虚像の重みによって命を落とす。そんな彼女が、再び「子供であり大人である」時間を、今度は能動的に体験する事で、人生を生き直す。

つまりは、学校にもバイトにも行く高校生の生活を味わうという事だ。死を知りながら必死に動き回るユウの一挙手一投足と、彼女が死を受け入れていく過程が泣けてしょうがない。

この映画の最大の感動は、ユウの勤務するハンバーガー屋での長回しにある。ドタバタしながら肉を焼いたり、雑にコーラを入れたりして、レジ前の客は画面外から野次り続ける。最後にぐちゃぐちゃのハンバーガーを提供され、客の1人は思わず笑ってしまう。最高のアイドル映画だ。

歌と音は恐らく生きる事の現れで、赤ん坊の泣き声と、トロンボーンを吹く際の唇を震わせるブーという音が重ねられている。天に登るユウは、その音が出せなくなる。

昔トロンボーンちょこっとだけ吹いてた事もあり、トロンボーンが伸びたり縮んだりする要素が長回しのアクションに取り入られていたのも嬉しい限りなんだけど、カッコいい井上陽水の主題歌に対して中井貴一の当てフリがあまりに見え見えすぎる。普段は映画でこういうのはあまり気にしないタイプなのだけど、音って生きる上で大事だよねというテーマと、真っ向から反するように感じてしまい、どうしても気になった。92点。
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