くまちゃん

名探偵コナン 14番目の標的(ターゲット)のくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

見立て殺人は古今東西様々な作家により用いられてきたミステリーの王道的プロットである。今作はトランプになぞらえる筋立てとカードに因んだ遺留品を残す手口からアガサ・クリスティの「ABC殺人事件」を元にしている。作中に登場する高級ワインシャトー・ペトリュスがエルキュール・ポアロを想起することからもそれは間違いないだろう。

殺人事件が連続する場合次に狙われるのは誰なのかという法則性の発見が要となる。冒頭人相の悪い男が仮出所し、毛利探偵事務所を訪れた。男の名は村上丈。
彼はかつてカード賭博のディーラーを生業としジョーカーと呼ばれていた。
時を同じくして警視庁捜査一課の目暮十三、弁護士で小五郎の妻妃英理、発明家阿笠博士が立て続けに狙われる事件が発生する。使用されたのはボウガンと農薬系の毒物。現場には意味深な遺留品が残されていた。それがトランプにまつわる物と気づいた時、村上犯人説が浮上する。
目暮がボウガンで撃たれたことも衝撃だが英理が毒を盛られたこともさらなる恐怖を植え付ける。いつか愛着の湧いた自分の推しが殺されるのではないかと戦慄する。だが阿笠が臀部を撃たれたのには笑ってしまうのはなぜだろうか。
目暮、英理、阿笠。三人の負傷は観客へ強い危機感を与える。誰が死んでもおかしくないと、この謎を、この事件を解いてみよ、不吉な連鎖を止めてみせよと我々に挑戦しているかのような大胆不敵なストーリーテリング。終始緊迫感が切れることなく、コナンや小五郎の焦燥が伝わってくる。

次に狙われるのは10の数字を名に持つもの。小五郎の脳裏に真っ先に浮かんだのは銀座クラブのママ、十和子であった。十和子を演じた一城みゆ希は後にFBI捜査官ジョディ・スターリングを担当することとなる。
コナンはふとした事で小五郎と親交のあるプロゴルファー辻弘樹の名前にも10が含まれていることに気がついた。辻は両手に女をはべらせ、趣味がヘリコプターの操縦という典型的なセレブリティである。全米オープンでの活躍を期待される辻には息抜きが必要なのだろう。その時も小五郎たちを迎えた辻はヘリポートでフライトの準備に取り掛かっていた。心配なら同乗してはどうかと辻は提案する。コナンも乗り込み、しばらくは何事もなく米花町の空を満喫していた。その時だ。雲間から差し込む陽光。それは神々しく街全体を金色に染める。美しい。普段なら多くの者がそう思うだろう。辻の身に異変が起こったのはその時だ。目を押さえ苦悶に喘ぐ。まるで眼球を潰されたかのように。
目が開けられないと呻く辻。コントロールを失ったヘリは不安定に降下する。コナンは咄嗟に操縦桿を握り、辻へペダル操作を指示する。コナンは小学5年生の時、ヘリの模擬操縦を経験していることは今作冒頭で言及されていた。見渡す限りのコンクリートジャングル。不時着できるエリアは見当たらない。が、あそこなら。休み時間に賑わう帝丹小学校。少年探偵団に連絡を取り避難を仰ぐ。コナンの機転と、子供たちとの奇跡的な連携により惨事は免れた。爆風で学校の窓ガラスが破砕したものの死傷者が出なかったのは不幸中の幸いだ。
辻の目の不調の原因はフライト前に挿した目薬にある。これは普段使用していたものから散瞳剤へとすり替えられていた。散瞳剤は瞳孔を開かせる作用がありその効用はしばらく続くという。
そのため参加予定だった全米オープンは欠場を余儀なくされた。

次に狙われるのは9。しかし思いつかない。辻の一件は辻のみならず多くの犠牲者を出す可能性があった非常に危険なものだ。今までは運良く死者がでていないが、このままでは確実に犠牲が出る。小五郎は思索する。9は思い当たらないが8ならいる。ソムリエの沢木公平。沢木は「公平」の名に8を持ち、小五郎と英理の古くからの友人でもあるため、標的としての条件は十分だ。

沢木宅には広いリビングとワインセラーが設置されていた。ワインを嗜む白鳥が舌を巻くほどのボトルが揃っていた。
沢木は実業家の旭勝義から新たにオープンする海洋娯楽施設アクアクリスタル内でレストランを任せたいとの打診を受けている。本来ならば是が非でも引き受けたい所だろう。しかし、沢木はその話を断り田舎へ帰るという。
その話の中で旭の名前に9を含むことに気づく。しかし妙だ。旭は小五郎とも面識はあるが、些細な以来を受けただけの関係性だ。身内という程でもない。目暮は村上はそう思っていないかもしれないと提言し、アクアクリスタルへ向かう沢木に同行することにした。
彼らはここで気がつくべきだったのだ。
例え村上が犯人であるならば、旭と小五郎の希薄な関係性など調べる術がないことを。

アクアクリスタルには他にも招待客がいた。モデル小山内奈々、カメラマン宍戸永明、料理エッセイスト仁科稔、ニュースキャスターピーター・フォード。彼らの名前にはそれぞれ数字が含まれているが、小五郎と個人的な繋がりはない。これで決定的となった。小五郎と無関係の人間が招集されたということは犯人は村上丈ではない。さらに小五郎は自分は5だから順番はまだ先だと自分で言っていたように小五郎を苦しめるため近しい人間を狙っているのだとしたら、その途中で小五郎を手にかけなければならなくなるため不自然である。

小山内奈々は3ヶ月前、自身の運転する車で交通事故を起こしている。原因は速度超過と運転中の携帯使用による前方不注意と信号無視。咄嗟にハンドルを切ったため接触はなかったが相手のバイクは転倒しライダーはアスファルトに叩きつけられた。この時奈々は怖くなり相手を救護せずその場を去っている。
通常、被害か加害かによらず何かしらの交通事故に遭遇した場合、恐怖や罪悪感等から安全運転への意識が向上しある程度運転が丁寧になる。速度に気をつけ周囲を入念に確認し、ハンドルも速度に合わせて切る。しかし奈々の場合は相手に怪我を負わせたかも知れない事故を起こしておきながらその時の恐怖や教訓を忘れ、いつも通りの危険運転を行っている。ここには奈々の低すぎる倫理観が垣間見れる。

目暮と小五郎が村上丈に意識を囚われたのには理由がある。10年前、殺人を犯した村上を小五郎と目暮は逮捕した。取調べ中トイレに行くと言った村上は同行する警官の隙をついて拳銃を奪い逃走をはかる。その際村上は人質をとった。小五郎の妻英理である。英理は幼い蘭と共に小五郎へ着替えを持ってきていた所を事件に巻き込まれた。
妻のこめかみに銃口が突きつけられている状況に一瞬動揺するが、小五郎は躊躇なくトリガーを引いた。弾は英理の太腿を掠め二発目で村上の肩を射抜く。この件をきっかけとして小五郎は警察手帳を置くことを決めたのだ。

この事件は蘭自身は忘れていたが、夢を見たこと、白鳥に教えてもらったことで記憶の底から明確に呼び起こされた。
その直後、両親は別居した。なぜ父は母を撃ったのか。犯人だけを撃てると己の力量を過信していたのか。幼い頃からずっと見続けてきた父の知らざる一面。この記憶は父小五郎への不信感へと変わっていった。

アクアクリスタルでは旭の死体が見つかった。ワインセラーでは沢木が狙われた。そして、小山内奈々が殺された。
犯人は緻密に計画を練り餌を撒き、獲物を見事に釣り上げる。ここの招待客は旭の秘書を名乗る人物から招待状が送られてきたという。奈々は招待状の他高級ブランドのマニュキュアも同封されていたと喜んでいた。コスメなどは個人的な好みがあるため、他人から送られてきたものを確実に使用するかどうかはわからない。しかし芸能の職に就き、常に美を意識する環境にあり、自己顕示欲が強い奈々ならばきっとブランド物の高級品をすぐ使うだろうと予測できたに違いない。犯人の思惑通り、奈々はマニュキュアを使った。そこに夜光塗料が含有するとも知らずに。

前回に引き続き今回も爆発する。
森谷帝二は火薬を盗んだであろう事を示唆する描写があったが、今作からは面倒くさくなったのか誰も彼もが手軽に爆弾を弄ぶようになる。その入手経路が一番困難な気もするが。
アクアクリスタルは海中にレストランを構えている。爆発でガラスは砕け、海水が怒涛の勢いで流れてくる。仁科はカナヅチだが小五郎のお陰で事なきを得た。ここまでの移動で使用したモノレール内で仁科が泳げないことを聞いていたため真っ先に救助に向かうことができたのだろう。

1人、また1人と水面から顔があがる。
みんな無事のようだ。いや、蘭がいない。蘭は泳げる。それどころか人並み以上のフィジカルの持ち主だ。何かあったのだ。コナンはペットボトルに空気を詰め再び海中へ潜る。蘭は展示用の車に足を挟まれ身動きが取れなくなっていた。ペットボトルで空気を与え、なんとか車を動かそうと努めるコナン。しかし今度は自分の足が挟まった。焦りは小学一年生の小さな肺から全ての空気を吐き出させた。意識が掠れる。
その時、蘭は顔を近づけ、優しく唇を重ねた。人工呼吸の要領で直接コナンの体内へ空気を送り込む。蘭はそのまま意識を失った。
コナンはなんとか抜け出すと車に伸縮サスペンダーを取り付け、蘭を救出した。

全員助かった。しかし建物が崩落するのも時間の問題。早急に脱出を試みなければならない。出入口は全て封鎖されている。だが割れた窓ガラスから海を通じて外に向かえば助かるかもしれない。
小五郎は蘭を、白鳥は傷口の開いた目暮を、宍戸は泳げない仁科を担いで海中へ潜り衣服着用のまま何十メートルと岸まで泳いだ。彼らの無尽蔵な体力には脱帽するしかない。

水を吸い意識を失った仁科に沢木は心肺蘇生法を施そうとする。彼はライフセーバーの資格を持っている。しかし小五郎の声がそれを制止し、白鳥が行うよう命令に近い口調で促す。

一連の殺人事件をおこした犯人。それはソムリエの沢木公平であった。彼はソムリエであることに誇りを持ち、いつか自身がレストランを経営したときのためにシャトー・ペトリュスを宝のように大切にしていた。だがその夢はあっけなく砕かれた。
3ヶ月前、バイク運転中、信号無視の車と接触しそうになり転倒したのだ。その直後、沢木は味を感じなくなった。医者によれば味覚障害は外傷によるものとストレスによるものがあるらしい。悔しかった、悲しかった、苦しかった。こんな形で、理不尽に夢を潰えた事が何より許せなかった。ワインは味覚のみで味わうものではない。五感の全てで堪能するものだ。事実、沢木は味覚を失った後も、視覚と嗅覚を頼りにソムリエを続けていた。だがそれは完璧とは言えない。ワインを愛していた。天職だと思っていた。もう生きている意味もない。気がつけばシャトー・ペトリュスは細かなガラス片と共にフローリングに散らばっていた。
沢木の無念はいつしか怒りを超越した確固たる殺意へと変容していた。床を染める深みのある紫色は血の色に見える。殺してやる。その顔は以前の穏やかなソムリエ沢木公平のものではない。身勝手な復讐心に歪む、凶悪な殺人犯のものだった。

主な標的は小山内奈々、辻弘樹、仁科稔、旭勝義の4人。奈々は事故により味覚障害の直接的な原因を作った。辻は自身の主催するパーティーに沢木を招待しながらソムリエであることを茶化し侮辱し、恥をかかせた。仁科は俄で誤ったワインに対する知識を読者に拡散した。旭は財力に物を言わせ高級ワインを手にしながらその管理は杜撰で不十分なものだった。奈々以外の3人に対し沢木は極度のストレスを抱えていたという。
普段なら多少 誤った知識であったとしても穏やかに優しく訂正することもできたであろう。味覚障害。それが沢木の人格を決定的に変えてしまった。
村上丈とは毛利探偵事務所の前で会った。酒に酔わせ殺害し、全ての罪を村上の仕業にカムフラージュした。他の人間の生死は関係ない。標的が死んでくれればそれでいい。
さらに沢木の懐にはもう一枚眠っていた。スペードのA。工藤新一のカードが。
当初「2」に該当する人物には服部平次が候補としてあった。しかし平次は登場してまだ間もなかったため、出演歴の長い白鳥に「任三郎」という名を与え標的の1人とした。

沢木はナイフを取り出すと蘭を人質に屋上のヘリポートへと逃走する。トランプは13までの数字しかない。タイトルにある「14番目」とは蘭を指し示す。蘭は溺れた時の体力の消耗から満身創痍であり、空手が使える状態ではない。
白鳥は銃を構える。が、その声は上擦り、手元は震えている。このままでは弾は蘭に当たる。銃を貸せという小五郎にそれはできないと拒否する白鳥。それは民間人に銃を貸与するという職業倫理に関する問題と、10年前小五郎が犯した過失を繰り返してはならないとする道徳観を精査した上での判断だ。
沢木の命に従い白鳥は銃を投げる。沢木は用心深い。手前に落ちた銃をもってくるようにコナンに命令する。ナイフの刃先はわずかに蘭の喉を刺し、一条の血液が生白い首筋を滴る。コナンは静かに歩み、銃を手にとった。危険な真似を子供にさせられないと腹部の痛みに耐えながら叫ぶ目暮の心中を察する。
冷たく、硬く、たった2つの動作で命を奪える小さな兵器。それを手にした瞬間。全てを理解した。小五郎はなぜ、人質になった英理を撃ったのか。それは決して過信のためではない。人質救出を最優先に考えてのことだった。
ゆらゆらと腕を上げ、銃口を向ける。コナンを中心に大きく旋回するカメラワークは圧巻の一言に尽きる。朱色に染める夕陽は事の成り行きを甘んじて受け入れ、カメラは、銃を構えるコナンの正面を捉えた。朦朧とする蘭の眼にはコナンの姿に新一が重なって見える。ただしスペードのAではない。ハートのAである。
次の瞬間。機械的な音とともに撃鉄をおこし、引き金が引かれた。

弾は蘭の太腿を掠め、力が抜ける。
それは当に10年前の再現であった。
負傷した人質は逃走する犯人にとっては足手まといになるだけだ。だからこそ撃った。人質を救うために。この理論は恐らくキアヌ・リーブスの「スピード」の影響だろう。
さらにここでの伊織による「キミがいれば」の導入は完璧である。

ナイフを捌き小五郎の一本背負いによって沢木は確保される。前作の森谷帝二のようにその職業に対する高すぎるプライドが引き起こした悲劇。両者には思想の強さと人命軽視の観点から共通点がある。沢木は酒に酔わせて無関係の村上を殺害した。その死体をどのように処理したのかは不明だが、村上に飲ませたのは自身が所有するワインだ。同情できる部分があるとは言え、殺人にワインを使用した沢木公平にはソムリエを名乗る資格など断じて無い。

沢木がソムリエを務め、小五郎たちが食事をした仏料理店の名は「ラ・フルール」。ラ・フルールとはフランス語で花を意味する。響きこそ上品であるが、英理宛に送られた毒入りチョコレートにはスペードのクイーンを模した花が添えられていた事を思うとこれほど不吉な名はないだろう。
食事会で小五郎は英理を怒らせてしまった。そのお詫びとして、自分が好きなジゴバのチョコレートを送ってきたと英理は勘違いをしてしまった。贈り物には宛名がなく普段の英理なら阿笠が言う通り警戒するだろう。しかしシャイな小五郎の事を考えると宛名がないことの理由がそこに見える。さらに箱を開けて一番最初に手をつけたのがハートのチョコだったのも英理の小五郎への気持ちを察せられる。
沢木はなぜ英理の好みのチョコの銘柄を知っていたのか?沢木は小五郎と英理の古くからの友人であるため、もちろん元々知っていた可能性はある。若かりし頃、小五郎がジゴバのチョコを英理にプレゼントしたのは「ラ・フルール」であり、今回その昔話に花を咲かせたのも「ラ・フルール」だ。しかもこの店で二人の仲は公然と険悪になっている。沢木が二人の現在の心情や英理の好みを知る事は容易だったはずだ。

ちなみにここでコナンはステーキを口元を汚しながら子供のように食しているが、食べ方まで子供っぽい必要はないのではないか。新一の状態であれほど汚くフランス料理を食べていては女性ファンは確実に減ってしまうだろう。

小山内奈々が殺害される際、停電になった直後、犯人を表す「黒い影」が扉から差し込む光を背に歩いてくる姿が映される。この犯人の周囲はレンガのような石造りになっており、この映像の直前似た構造の部屋にいたのはワインセラーを確認しに行った沢木公平であった。つまり沢木が犯人であることが奈々を殺害する直前にここで示されている。

今作は本格ミステリーのディテールに拘った構造であるため非常に見応えがある。またメインキャラの過去を原作ではなく劇場版で描き公式の設定とできるのも青山剛昌が密に関わっているためだ。それは現在まで継続されており、たびたび原作に先駆けてのサプライズにファンはいろいろな意味で感情をかき乱されている。

「事実は=真実とは限らない」。含蓄のあるこの言葉はコナンの「真実はいつも一つ」というセリフの核をついている。様々な事実、現実を照らし合わせたその先に見える心や内面性。それがコナンの言う真実なのである。
くまちゃん

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