大岸弦

季節のはざまでの大岸弦のレビュー・感想・評価

季節のはざまで(1992年製作の映画)
5.0
季節のはざまで デジタルリマスター版
神戸新開地にあるCinema KOBE(シネマ神戸)にて鑑賞2024年4月7日(日)

原題は「季節外れ」の意。つまりホテルの閑散期を指す

ひとりの中年男が自身が幼い日々を過ごした朽ちた建物を訪れる。取り壊し寸前のその建物は、かつて男の祖父母が、スイス・アルプスを来訪した富裕層向けに経営していたリゾート・ホテル「アルビナ=パラス・ホテル」である。再訪のきっかては、知人女性からの一本の電話だった。その女性は、かつて勤務してたアニー・ガブリエルの友人で、今や老いて施設で暮らす彼女に会いに行ってやってほしい、と言うのだった。アニーと久々の再会を果たし、ミッキーマウスの漫画をめぐる思い出に浸った後、この老嬢はホテルが壊される前に「海の見える部屋」に漫画のコレクションを探しにいってもらいたい、と男に頼む。

その後、ひとけのない寒々としたモノトーンのホテル内を歩き回る、名前のわからない男は、はるか昔に売却されたこのホテルで成長した幼い日々を回想し始めることで、物語の語り手を務め始める。回想の中では、ホテルは暖かな光に包まれ、従業員や滞在客でいっぱいの、活気ある空間として「現在」の姿と対照されるだろう。それにかつてのホテルは、豊かな感受性と創造力に恵まれた少年=語り手(回想の中で、ヴァランタン(ヴァランタン/中年 サミーフレイ /少年 カルロス・デベーザ)という名だとわかる)にとって、大人たちの秘密に満ちた、と同時にいまだ目にしたことがない広い世界に通じる、どこか神秘的な場所だ。


ヴァランタンはこの過去の世界で、少年時代に出会った様々な人物をよみがえらせる。たとえば、繁忙期の六月と九月にホテルへ訪れて、読唇術を始めようとする出し物を披露する魔術師のマリーニ教授。夜な夜な食堂のワインを盗むこのマリーニは、滞在客らを睡眠術をかけて、サハラ砂漠の照り付ける太陽の下にいるものと思い込ませ、服を脱がせるにいたらしたことで、醜聞を招く。そして、ヴァランタンにミッキーマウスの漫画雑誌をくれる、かつて北米に暮らしていたことがある新聞雑誌売店のガブリエル嬢。少年は彼女がミッキーマウスの漫画の作者だと思い込む。さらにバーの雰囲気を盛り立てるのに一役買う、ピアニストのマックスと歌手のリロ(イングリット・カーフェン)。それにもちろん、個性豊かな宿泊客たち。

ヴァランタンの一家は、季節の変わり目ごとに自分たちの生活空間を変える。書き入れ時には屋根裏部屋、その前夜は二階、閑散期には一階に移動するするのである。つまり彼らの「家」はホテルの空間を始終あちこち移り変わっており、宿泊客がいなければ、一家が姿をあらわすのだった。

少年ヴァランタンはおばあちゃん子で、卓越した語り部であるこのしっかり者の祖母が話して聞かせる「実話」の数々は、いわば「(中年ヴァランタン)の回想の中の回想」あるいは枠物語のかたちを探りながら、その奇妙で神秘な世界で少年を魅了する。

たとえば、ホテルのなかで外務大臣と間違えて下着商を銃殺あと自殺したロシアのアナキストの話や、祖母はかつて祖父が、サラ・ベルナールの寵愛を受けたことが大の自慢だった。

給仕としてロンドンのサヴォイ・ホテルで働いていた祖父はサラのお気に入りだったが、ある日つまらない理由で解雇され、それを知った、かの大女優は烈火のごとく怒って彼を復職させたのだ。祖父は目を悪くしていたが、歩き方だけでお客が誰か分かる、ホテルのフロントが天職の人だった。そして、シーズンが終りに近づくと、上得意のお客と一家の間で特別の仮装パーティが開かれるのが少年ヴァランタンの楽しみで、それは賑やかで夢のように楽しいひとときであった。

監督 ダニエル・シュミット
1992年 スイス=ドイツ=フランス
大岸弦

大岸弦