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日輪の遺産のodyssのレビュー・感想・評価

日輪の遺産(2010年製作の映画)
3.3
【素材はいい、しかし・・・】

原作未読です。

佐々部監督の映画は、『チルソクの夏』以外はあまり感心したことがないんですが、今回もせっかくの素材が監督の腕のなさでダメになっているという感がありました。

小説に枠小説という手法があります。最初は友達との日常的な会話のシーンから始まって、友達が取って置きの話を聞かせてくれる。その話の内容が小説の内容でもあるというような作りですね。この映画は、二重の枠が設定されています。一つは少女時代=戦時中を回想する八千草薫(久枝)の枠、もう一つは日系米国軍人としてマッカーサーに同行し、その後八千草薫の体験した事件を調査する三船力也(イガラシ)の枠。この二重の枠がちょっとわずらわしい。特にイガラシの枠は不要だったのではないかと思う。

マッカーサーが財宝を発見しながら、再度埋めるよう指示するあたりは、甘いな、と思いましたね。日本占領の総司令官になるほどの人物が、感傷に左右されてあんな指示を出すはずがない。そういう筋書きは一種の甘えなんですよ。日本人のアメリカ人に対する甘え。日本は戦争に負けたけど、相手だって人間だから分かってくれるはず、という甘え。人間同士だって分からない場合はあるってことを、前提にすべきじゃないかなあ。そもそも敵なんだし。

最後に亡くなった生徒たちと先生が再登場するシーンも長すぎ。あのシーンはあってもいいけどもっと簡潔に作らなきゃ。余計な付け足しが多すぎて作品の構成がダメになっている。この辺が、佐々部監督のナッテナイところだと思う。感傷はあってもいいけど、ありすぎてはいけない。そういう部分は引き締めて表現すべきなんです。

俳優陣では、中村獅童がいかにも下士官らしいたくましさを出していて秀逸。ユースケ・サンタマリアの野口先生もよかった。実は、最後まで誰かわかりませんでした。それに比べると、堺雅人はミスキャストと言うに近いですね。顔がにやけてるから軍人には見えないし。少佐という設定だけど、私が司令官ならああいう顔の男はずっと少尉どまりにします(笑)。

というわけでダメなところも多いけど、素材に免じてこの点数。
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