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ジェフ・ベック ライヴ・アット・ロニー・スコッツ cine sound ver.のkaomatsuのレビュー・感想・評価

5.0
一流といわれるギタリストは、さまざまなシーンやジャンルに合わせて、自己の演奏スタイルをガラリと変化させることができる。しかし、その柔軟性や適応力の高さゆえ、統一した個性に欠け、それぞれの音楽の中に小ぢんまりと無難に収まってしまうことが往々にして起こり得る。そこで、ジェフ・ベックの場合はどうか。彼は基本、どんな曲に対しても、ほぼ一貫して、ストラトキャスターをマーシャル・アンプにダイレクトにつないだナチュラルなディストーション・サウンドのみで勝負する。曲調によって奏法や音色をガラリと変化させるというよりは、絶妙なニュアンスやタッチで表現力をつくるタイプだ。そして、テクノやアンビエント、インダストリアル系であろうと、グランジ系などのハードなサウンドであろうと、ジャズやクロスオーバーであろうと、常にカントリーやロカビリー、ブルースなどを下敷きにしたロックンロールなギターをガンガン弾いては違和感を生み出し、それを個性にしてしまう。ジャンルに寄り添った予定調和的なギターではなく、ベースとなる音楽スタイルをあえて崩すようなプレイで、計り知れない刺激とユニークさをもたらす、まさに唯一無二、天性のアマノジャクなギタリストだ。

さて本作は、2007年にロンドンのロニー・スコッツ・ジャズ・クラブで5日間行われたジェフ・ベックのライヴの中から、21曲の選りすぐりをピックアップして収録したものだ。かつては公式なライヴ映像がほとんど無く、YouTubeも無かったため、動くジェフ・ベックを映像で拝むことが困難だったが、2008年、デビューから40年以上も経ってようやく、ジェフ・ベック初の公式な単独ライヴ映像として、本作のDVDが発売された。この映像を最初に観たときは、至近距離で撮影されたジェフ・ベックの勇姿に、興奮が止まらなかった。それ以来、幾度となく観返してきた愛聴盤だ。私にとって至高の存在であり、人生や価値観をすべて変えてしまったジェフ・ベックの、変幻自在で独創的、ワンフレーズだけ聴けば一発で彼だと分かる、誰にも真似できない個性的なギターが心ゆくまで堪能できる、実に贅沢なライヴ内容となっている。


生涯ジェフ・ベックを尊敬し続ける、彼の無二の親友、ジミー・ペイジがジェフのために作曲した「Beck's Bolero」を皮切りに、一流マジシャンの種明かしのように、予測不能でトリッキーなギタープレイが、ピックを持たない彼の手指のアップと共に映し出されていく。3曲目の「Stratus」は、ジャズ・ロックという音楽を世の中に提示し、ジェフの音楽に多大な影響を与えた、ビリー・コブハムの1973年のアルバム「スペクトラム」に収録されている曲のカヴァーで、ここ数年はライヴのセットリストにも必ず入れている。彼のキャリアを考える上でも重要なナンバーだ。そして、スティーヴィー・ワンダー作曲によるド・定番曲「哀しみの恋人たち」における、ジェフのエモーショナルなギターにうっとりしたかと思いきや、インド生まれの新進アーティスト、ニティン・ソーニーの曲をカヴァーした「Nadia 」の、ウニャウニャしたヘンテコなギターの主旋律に驚愕する。この曲はドラムンベース調ながらも、西洋音楽にはない、インド音楽特有の細かくクネクネした主旋律の揺れを、まんまギターで再現するという無謀なことをやってのけ、ロック史上耳にしたことのない、摩訶不思議なギターフレーズを地味に編み出している。この曲のプレイが、個人的には一番ツボだ。また、フリー・ジャズとハード・ロックとロカビリーをごちゃ混ぜにしたような「Space Boogie」は、その難易度の高さゆえか、めったにライヴで演奏されない貴重なナンバーとして、強く印象に残る。さらに、ビートルズの「A Day In The Life 」は、静寂と喧騒の波が交互に押し寄せてきて、実にジェフ・ベックらしい、スケールの大きな曲に生まれ変わっている。

そして終盤、エリック・クラプトンがゲスト参加し、マディ・ウォーターズの「Little Brown Bird」「You Need Love」の2曲をプレイする。二人のギター・レジェンドが、リラックスしながらも火花を散らし合う。同じフェンダー・ストラトキャスターを弾いているとは思えないくらい、仕様やサウンド・アプローチがまったく異なる二人。個人的には、流麗にむせび泣くトーンのクラプトンよりも、あくまでもジャキジャキとトンガったフレーズを連発するジェフのフレーズやトーンのほうが、元来ブルース・マンが持っていたワイルドさやアグレッシヴさに近いものを感じるのだが、どうだろうか。

メンバーには、フランク・ザッパやスティングを支えたヴィニー・カリウタ(ドラムス)をはじめ、タル・ウィルケンフェルド(ベース)、ジェイソン・リベロ(キーボード)という最強の布陣を従えながらも、決してバカテク自慢の曲芸大会にならないのは、技巧よりもダンス・ミュージックやグルーヴを身上とする、ジェフ・ベックのピュアなロックンロール魂がもたらすものだろう。

会場であるロニー・スコッツ・クラブは、収容人数は100~200人くらいだろうか、そんな狭い空間でジェフ・ベックの超絶プレイを見聴きすることができた観客は、本当にラッキーだ。そんな一般客の中に混じって、元レッド・ツェッペリンの両雄、ジミー・ペイジとロバート・プラント、クイーンのブライアン・メイ、ジョン・ボン・ジョヴィ、ジョー・サトリアーニらの姿が確認できる。ジェフ・ベックという地球規模の音楽財産が、どれだけ注目され、慕われているかが、そんな錚々たる観客たちの顔触れで分かろうというものだ。


かつてエリック・クラプトンは、音楽雑誌のインタビューで、ジェフ・ベックのギターについて、「彼にしか出せない、生来のワルでセクシーな音」という、正鵠を射たコメントを残している。ジェフのような「ワル」な音は、自分には出せない、と。さらに、本作のライヴ共演に前後するように、それまでライバル関係にあった二人が急接近し始めてからは、それまで抑えていたクラプトンのジェフへの賛辞は、「僕は今、ジェフのように弾きたい…」という、より憧れに近いものへと昇華していく。古いブルースに傾倒するあまり、同期のミュージシャンを滅多に褒めない、プライドの高いクラプトンにそう言わしめた男、ジェフ・ベック。本作のライヴ演奏からすでに10年以上経った今もなお、セクシーかつバイオレントに咆哮する彼のギター・サウンドは健在だ。
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