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別れの曲のodyssのレビュー・感想・評価

別れの曲(1934年製作の映画)
4.0
【醜い事実より、美しい嘘】

少し前に『ショパン 愛と哀しみの旋律』を見て、つまらないな、まるでどろどろの昼ドラじゃん、それにジョルジュ・サンド役もブスだし、と思ったのだった。それからあまりたたないうちに、戦前に作られたこちらの映画を見たところ、実に面白かった。サンド役も魅力的だしね。

もちろん、事実に近いということで言えば、『ショパン 愛と哀しみの旋律』のほうだろう。でも、事実を映画化したから面白いかと言ったら、そんなことはなくて、ウソのほうがかえって映画に合致しているばかりか、もしかしたらウソを通してショパンという芸術家の真実を語っているんじゃないだろうか。

ショパンといったらこんなエピソードがありそうだとか、この曲はこんな場面で彼の頭に浮かんだんじゃないか、というようなシロウトの身勝手な想像に逆らうことなく、天才的なピアニスト兼作曲家の半生が、あくまで美しく、楽しく、ドラマティックに、そしてユーモアもこめて、映画になっている。

ウソだっていいじゃん。『ショパン 愛と哀しみの旋律』が醜い事実だとしたら、こちらは美しい嘘なのだ。人は、いや少なくとも私は、映画で醜い事実を見るより、美しい嘘を見るほうを選ぶ。少なくともショパンを映画化するならこうでなきゃ。

戦前、美しい嘘を作ることが可能だった時代がうらやましい。今どき、ベートーヴェンの映画でも、事実と少しでも異なると、「本当はこうじゃない」というクラシック・ファン(なのかな? 変に事実にこだわるのは実際には一知半解の似非マニアのような気もするけど)の横槍が入る。現代は、美しい嘘を楽しめない貧しい時代なのだ。
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