このレビューはネタバレを含みます
城勤めのそろばん侍、平松正四郎。城代家老の娘に婿入りが決まり、出世の目も出てきて誰もが羨む彼だが、家中に他の娘がいることを咎められる。まったく心当たりのない正四郎は、急ぎ下城し家扶の吉塚に尋ねると、確かに今平松家には若い娘がいた。平松正四郎に会いたいと訪ねてきたというが、それ以外は何も覚えておらず、行く宛もないために、ひとまず平松家に住まわすことに。娘は器量がよく、ふさと名付けられ受け入れられる。
記憶のない娘ふさのために翻弄される正四郎と、それらにまつわる不思議なお話。派手な立ち回りは一切なく、ゆるやかな幸せと突然の喪失が、まるで夢のように描かれる。
ふさというミステリアスな美しい娘は、一体誰だったのか、どこから来てどこへ行ったのか。
ふさの正体は結局明かされず、ふさの所在を知った正四郎が訪ねると、そこにいたのは間違いなくふさであったのだが、そこでは新たに家族を持っていた。ふさではない…とモノローグ。素性を持たぬ彼女は、今はなんと呼ばれているのだろう。ひょっとしたら、平松家へ来る前にも家族があったのかもしれない。
一人家路につく正四郎に、ラストのモノローグ。これが全てだった思うと、悲嘆に暮れた日々の苦痛も少しは晴れるのかな。
とても良かった。