アニマル泉

荒野の決闘のアニマル泉のレビュー・感想・評価

荒野の決闘(1946年製作の映画)
5.0
フォードの戦後第1作であり「詩情あふれる西部劇のマスターピース」と一般的には高く評価されてきた。しかし蓮實重彦の本作の評価が低いために最近はあまり言及されなくなっている。フォードが怒って20世紀FOXを辞めたこと、プロデューサーのダリル・F・ザナックが47分も短くしてラストのキスシーンの追撮までしていること、などから蓮實重彦はフォードの作品とは認められないと指摘している。私はそのような不幸な事情にも関わらず、本作は映画的な興奮に満ちた紛れもない傑作だと思う。
本作は出会いと別れの物語であり、要所の縦構図が素晴らしい。ワイアット・アープ(ヘンリー・フォンダ)とドク・ホリディ(ビクター・マチュア)が出会う縦構図のバーの場面、まず周りに人がさっと退いて二人だけになり緊張感が一気に漂う、離ればなれの二人の距離が詰まる、シャンパンかウィスキーかでグラスがバーテンダー(J・ファレル・マクドナルド)と二人の間で何往復もスライドする、遂には銃までスライドする、実に上手い、味わい深い演出だ。
アープとクレメンタイン(キャシー・ダウンズ)の出会いは縦構図の外廊下だ。椅子に腰かけて足で柱を蹴るアープが馬車から降りてくるクレメンタインに驚く、あるいは教会に向けて二人だけで外廊下を歩く。宿の2階の縦廊下はチワワ(リンダ・ダーネル)が向かい合わせの部屋のドクとクレメンタインにやきもきしながら歩く。OK牧場への道行、ドク達は脇に消えて無人の縦道をアープが一人で歩いてくる。まさに主役の花道だ。ラストカット、巨大な岩石が背景の見事な一本道でのアープとクレメンタインの別れ、決定的なショットだ。本作ではモニュメント・バレーにトゥームストーンの街を作って撮影している。
照明はノワール調の強いコントラストがついた照明になっている。
フォードはアクションのリズムが実に素晴らしい。●チワワがアープを引っ叩く、間髪入れずにアープがチワワを水桶に倒す。●ドクが照明を撃ち落として机が炎上する、アープが振り向きざまにドクを殴り倒す。アクションが次々と畳み掛けられるのだ。
フォードの「投げる」主題も活きいきする。ドクは医師免許の額縁のガラスに映る自分の顔にグラスを投げつけて破壊する。チワワはアープに向けて投げる。
フォードは「雨」だ。物語の発端となる四男ジェームズ(ドン・ガーナー)が殺された夜は豪雨になる。
フォードの「馬」は誰も真似出来ない唯一無比だ。ドクの馬車をアープが追跡する躍動するカットバックが素晴らしい。フォードは必ず馬を変えたり休ませる段取りを描く。替え馬を連れて追うのが面白い。
フォードは「ダンス」だ。教会建設のダンスパーティーのアープとクレメンタインのダンス場面は至福である。
ビクター・マチュアの色気が素晴らしい。登場の黒づくめの衣裳が格好いい。チワワ役のリンダ・ダーネルも素晴らしい。肝心のクレメンタイン役のキャシー・ダウンズに魅力がないのが本作の弱点だ。
フォードの西部劇は騎兵隊、南北戦争など大群の戦闘が多いが、本作は個人の決闘だ。決闘にむけて単純に盛り上がる。このシンプルさが本作を力強くしている。
かつて大学の蓮實重彦ゼミで「荒野の決闘」を教材に授業を受けた。冒頭のタイトルバックが終わると映像を止めて「いま何が映ってましたか?」と問われた。みんながキョトンとしていると「光線が不自然ではないですか?」タイトルバックは柱に打ち付けられた板に、題名、配役、スタッフが表示されて、カメラが方向を変えながら映していく。たしかにカメラが回り込んでも常に順光なのである。自然光ならば回りこめば影にならないとおかしい。つまりこのいかにも実在しそうな看板のオブジェは作られた照明のもとに、カメラではなく看板を回しながら撮影されたのではないか?と推測される。「画面を集中して見ること」の第一歩の教えだった。
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