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真空地帯のotomisanのレビュー・感想・評価

真空地帯(1952年製作の映画)
3.6
 たとえば、敵の陣地を落そうとして擲弾兵を送り出すとすると、敵陣に接近する彼らを援護する射撃がいくつも必要になる。その援護射撃は敵陣からの応射に耐えて被弾覚悟で撃ち続けなければならない。
 このとき、擲弾兵と援護射撃手とは共に退くことはない、命を預けられるという信頼関係が成り立っているのが望ましいだろう?

 ではそんな信頼関係はどのように育まれるだろう。
 そそっかしい者、手を抜く者、狡い者、要領を得ない者、集中を欠く者、こういう人は平素どこにでもいるし、誰でも程度の差の問題、また、置かれた状況にもよる事でこれも人間らしさだろう。しかし、うっかり予備弾帯を準備し忘れたの、手入れを怠って弾が詰まったの、まして命あっての物種と尻端折ょいなどと現場で失態を起したくもないだろう。
 だから教練ではもちろん、生活態度まで含めて誰がどういう人間であるか、どの分野で有能で何が不得手かを問うのは当然、先にあげたような兵として仲間に認めたくないような特質の度合いはとりわけ厳しく観察し矯正が講じられる。それでも考えても気を付けてもどうにもならないところはあるだろう。そもそも庶民を兵にしようというのだ、不揃いはあって当然だ。それを承知で不都合なところを観察し評価し、鍛え上げる場が「内務班」である。

 困った特質の者を鍛えるのに暴力が介在するのがいいかどうかは何とも言えないが、体罰自体が軍隊に限った事ではない。ただし、軍隊はいのちの遣り取りが仕事なので、対戦相手が命懸けだと思えば、当方はさらに命懸けで臨むしかない、とするのも頷ける。
 それなら、平素、内務班での教育は敵軍に勝る厳しさを求めるようになるのも不思議ではないだろう。弱卒に甘い顔を見せて敵に押し込まれ、逃げ出す先は太平洋であろうか日本海であろうか。1億も暮らす日本は逃げ回れるほど余地は多くない。
 とは言え、困ったやつと言えば、虐めが好きなやつもヘンに詮索好きなやつ、うわさが楽しいやつ、無責任なやつなどがいて、これも殴って治る病気じゃないし、殴る事ですっきりするビョーキなやつもいる。これも軍隊とは関係なくいるが、軍隊があるとこういう手合いは活気づくだろうか?軍隊をいじめっ子の楽園のようなイメージでいるようなら我が頭の悪さを喜んでいるようなものだ。

 この映画は軍隊がなくなってからのもので、旧軍の悪い面が多く公表された時分である。木谷が漏らす物資横流しの件もそうした世間の開示の求めに寄り添って組み込まれた要素なんだろうが、一向にこれを告発する流れが起こらない。
 当の木谷を見ると仮釈放中の事を内密にせよと教練への参加も止められ、休暇外出も禁止という扱いで物語を成すほどの事があまりにもないため、結果、はなしは大阪城内務班物語に流れてしまっている。
 木谷を軸とするなら、当然、経理・主計部門の「どがちゃか」を告発する物語として、
・ 3年前の木谷の窃盗を発端として明らかになりかかった軍物資の横流し、これにまつわる軍法務部門まで抱き込んだ不正について中心人物、今は前線にある林中尉をあらためて告発する事。
・ 前線から舞い戻った林中尉が明かす、当時の林中尉とその他との主計内での仲間割れが事態を混乱させ、結果生じた報復により林中尉が前線転属となり、その他連の横流しは今も隠密行動中であり、これを明るみにする事。
・ さらに、怨念の籠った木谷への犯罪グループからの掣肘とその厄介払いの行方を示す事。

 この三点が縦糸になるべきだったろうが、しかし勝新×髙廣ならいざ知らず、木村功+下元勉だからどうも。現実に昭和19年、本土爆撃前夜、国力の疲弊明白となる前、かかる特殊経済に与る軍の内外で、潤う頭数×権力=実に強力、な中、仮釈放一兵卒、木村功の実力また意思では下元一等兵の援護を得てもそれへの抵抗の流れには到底ならない事を内務班一個の日々を通じて諄々と説くしかなかったようだ。
 裏階級ではお勤めを上乗せしても4年兵の実力はパンチの奔流、ほんの5分止まりという事である。

 軍隊なんてそんなもんだよと言うように木谷は脱走もできず殺されもせず、なるべく死んでしまってくれよと船に乗せられる。唯一の恩情に飛田の花枝の写真だけ許されて。
 きっと、これで悔しくないかと問うたのだろう。戦地にたどり着くのが僥倖というのに、米兵と民兵をけしかけられ、飢餓と病気まで追い打ちをかけ、自殺まで求めてくる。内地に残るやつらは相変わらず私腹を肥やして止まない傍らで、である。しかし、それも半年、一年後には大阪も焦土となるわけで、アメリカに腹が立つのか、留守番部隊にざまあみろというのか次第に分からなくなってくる。当時の人はどんなつもりでこれに金を払ったんだろう。
 真空地帯というけれど、みんな相当人間臭い、それとも獣臭かったんだろうか。
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