ナカムラ

MIND GAME マインド・ゲームのナカムラのネタバレレビュー・内容・結末

MIND GAME マインド・ゲーム(2004年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

湯浅作品に通底する、生きることへの全肯定。
物語は祈りであり、こうあってほしいという希望であり、願いでもある。
過去起こった悲しいことは無かったことにはできないけれど、現在から過去に向かってこうあってほしいと祈ることはできる。
ひょっとしたら過去を創造することだってできるかもしれない。
それが物語の世界なら。

みっともなくて最悪で途方もなく惨めに落ち込んでしまっているこの状況だって、きっと気付いてないだけで必ず誰かと繋がっていて、捉え方ひとつで人生はキラキラと輝き出すんだ。現実はともかく、俺はそう願っている。あなたも、そう思ってくれているのなら嬉しい。

そんな超強靭でシンプルな希望を1時間半超に渡って、様々な方向からひとつひとつに緩急をつけ、ひたすら視聴者に投げ込んでくる。
見終わってからどっと疲労が押し寄せてくるのは、その量があまりに膨大で、口にしてしまえば陳腐なその一言を、あくまでもアニメーションで視聴者に理解させるという、いうなれば目的のために手段を選んでいないことによるだろう。

実写には、小説にはこれができるか?音楽には?スペクタクル劇では?アニメーション以外でこの表現ができるか?
製作者たちの不遜な自信が露わになっているというより、隠そうともされていない。確かにこれは、アニメーション以外では表現し得ない域に達していることもまた、間違いではない。
そして鑑賞者が揃って言葉に窮するのは偶然ではない。これは言語だけでは伝わらない希望を、あらゆる技法で映像化したものだからだ。それも、とんでもないスピードで。

俺はこの映画のあっけらかんとした主張がとても好きだった。
いつだって大事なことを変に深刻ぶらずに、惜しげもなくほらよっと、巨石をひょいと持ち上げるようにして、超面白い、まぎれもないエンターテインメントとして立ち上がらせてくれた。
日本にこれまでなかったありとあらゆる表現を駆使して、これだけ自由に好き勝手、たっぷり遊びながら、観客に精一杯サービスしてみせた作品を他に知らない。

でも、この作品は売れなかった。
悲しいことに。
こんなに誠実に、物語と向き合ったものはなかったにも関わらず。
以降、湯浅作品は売れ線を模索し続けながら、海外の作家へ多大な影響を与え続けてゆくことになる。

台風の中心はいつだってそんなものだ。