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輪舞のryosukeのレビュー・感想・評価

輪舞(1950年製作の映画)
3.8
 狂言回しを演じるアントン・ウォルブルックが物語の導入をするファーストショットの気合いが入った超ロングテイク。彼が左へ左へと歩いて行くとメリーゴーラウンドが画面に侵入する。彼とカメラが二手に分かれてメリーゴーラウンドを越えたところで画面が固定され、回転木馬は物語の登場人物であるシモーヌ・シニョレを運んでくる。狂言回しは、物語の正しい展開のために、彼女を所定の場所に動かし、声をかけるべき男が何人目なのかを教える......。狂言回しの役割を超えて大胆に物語に介入するアイデアが面白い。彼は、劇中の効果音であるラッパを担当しながら、兵士が外出禁止になって物語の進行が阻害されないようにセルジュ・レジアニを急かし、また、男女が踊る際には、男女の代わりに背後で回転するダンス会場として変貌を遂げるメリーゴーラウンドを提供する。
 「なめらかな」映画作家だという印象の強いマックス・オフュルスだが、それはオフュルス印の流麗な長回しのカメラワークに限ったことではなく、時間の処理についてもそうなのだ。狂言回しの男は、兵士に放置されているシモーヌ・シモンと共に歩き始めるが、カットがさりげなく変わった瞬間に二ヶ月が過ぎ去っている。シモーヌ・シモンの衣装も新しい主人に仕えるためのメイド服に切り替わっており、狂言回しはさっき彼女に買い与えたばかりの風船を取り上げて宙に放り投げる。
 90分台の短尺の中で次々と登場人物が入れ替わる上に、オフュルスとしても、語りよりも時折第四の壁を破る狂言回しのメタ演出とカメラワークの技巧的な側面に興味が集中しているように思え、正直物語は限りなく薄く散漫に感じる。まあオフュルス印の撮影・演出を素直に楽しんでいればいいのだろう。
 ダニエル・ダリューのような美しい女優のご尊顔のお披露目は、二枚のヴェールが取り外されるたびにズームで寄っていくというそれに相応しい演出で彩られる。更に、振り子時計越しに捉えられていたベッドの上で彼女と夫がキスをする瞬間、動いた二人の顔が振り子時計の隙間に収まるように僅かにティルトダウンするカメラ!このシーンは、部屋の逆側に移動したカメラが、ベッドの隙間越しに繋がれた二人の手を捉えて締められる。
 オデット・ジョワイユが会話の全てを詩的表現で埋め尽くす妙な詩人の家を訪れるシーンで、階段を上がった詩人の背中越しの切り返し俯瞰ショットの中でシャンデリアにすっぽり収まる彼女。詩人が床に倒れ込むとカメラもそれに付き添ってローポジションへ。シモーヌ・シモンが新しい主人に籠絡されるシーンではダッチアングルも多用される。次々に窓を閉めていく主人が最後の窓を閉めようとするとアクション繋ぎで切り替わったカメラは屋外から窓を閉める主人を映す。
 ジェラール・フィリップ演じる伯爵とイザ・ミランダが抱き合い、ひょいと上を向いたカメラが天井の鏡に映った彼らが脱衣しようとするのを映し出そうとすると、パッと狂言回しが「検閲」のためにフィルムを切っているショットに移行する。メリーゴーラウンドのイメージが、酔っ払った伯爵の背後の回転扉へと繋がっていくことで終わりのムードが生じ、伯爵はファーストショットのセットへ辿り着く。円環が完成したところで、伯爵とすれ違った狂言回しが終幕を宣言する。
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