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イリュージョニストのNMのネタバレレビュー・内容・結末

イリュージョニスト(2010年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

特に文句が思いつかない。ウサギの扱いがいささか乱暴なくらいか。

アニメだが大人向けで、中年やそれ以上におすすめ。穏やかで静謐。ユーモアはたっぷりで、突然事件も起こらず心臓にも優しい。

1959年パリ。
老手品師タチシェフの舞台のウケはいまいち。
昔は良かった。体も動いたし、客も社会も優しかった。
これまでのようには居場所がない。だが手品は、ずっと生業にしてきた彼のアイデンティティでもある。
老手品師は、居場所を求め遠く田舎の町へ。

言葉も通じないスコットランドの村の居酒屋で出会う少女アリスは、テナルディエ家のリトル・コゼットを思わせた。
違いは、アリスの場合は、恐れや怯えがなく無邪気で、老人と今後の生活を完全に信頼してしまうこと。
それが故に、老人は困った事態になる。
老人は穏やかで、怒られようと馬鹿にされようと殆ど抗議すらしない性格。それも、不幸にしてこの事態を招いた。

赤い靴を買う行為も、レミゼの司教様を連想した。
単なる見栄を張った酔狂だとは必ずしも思えず、ポテトを自分は食べず譲ったり、彼なりの慈愛も感じた。

途中からは徐々に老人の生活に無理が生じてくる。
アリスのため、隠れて様々なバイトを始める。
最後には全身ピンクのスーツでショーウィンドウに入って、コメディアンような宣伝マンまでするが、彼には合わず、ついに辞める。

アリスは、初めに魔法使いと信じこんでしまい、その後もそれを指摘するような、友も教育もない。
アリスには老人だけ。
彼が本当のことを言わない限り、アリスは何でも魔法で解決できると思っている。
いつか終わりが来ることは明白。

デパートのシーンで判るが、アリスは何がいくらぐらいするのか最後まで物価が全然分かっていない。
自分たちにそぐわないレストランにも入ろうとする。
アリスは不思議の国に迷い込み、現実を知らず幻覚しか見えていない。

同じ安宿に集まっている老人たちも人生に限界を感じており、一人また一人去ってゆく。
彼らは、食うには困っているが、彼らの人生は必ずしも悪いものだったとは思えない。
平凡な死を迎える人も、一人静かに終わりを迎える人も、この世には多勢いる。
幸福もたくさんあったはずだ。人生で大事なのは最期だけではない。
彼女があげたスープで、彼らがひと時でも元気を取り戻したことは、イリュージョンではなく確かに真実だと思う。

老人が、二人を見つけて慌てて飛び込んだ映画館で、初めて実写シーンがある。
老人が、ついに時代が変わったことを思い知らされる瞬間。
別れの時が来たのだ。
ラストの2本の鉛筆のシーンは、逆の意味で驚かされ、彼の強い決心を示唆している。
アリスもついに魔法が解け、青年と幸せを掴みそう。

台詞が殆どないがゆえに、思わずじっと観察するようになり、細かい演出に気付くことができる上手い仕組み。
飽きがこず、中断できない。

音楽も素晴らしい。穏やかで絶妙なチョイス、飽きさせず、悲哀を際立たせている。

ラスト、この映画を誰に捧げたかが示され、老人タチシェフがいつも持っていた写真について想像させられる。
老人がなぜ知らぬ娘の面倒を見てやったのか、仄めかされる。

すぐ2度目を見返して気づいたが、ハッハッハ兄弟の看板は、最初から度々画面に登場していた。

ウサギとは仲が悪いようにみえていたが、夜は彼の腹の上で寝ていて、やはり相棒なのだと感じた。
最後は野原に仲間がいっぱいいたので、幸せに過ごしたのかも知れない。
この野原にも、テーブルの上にもいつもあったのは、エニシダで、スコットランドに多く自生するらしい。

繁栄していくパリよりも、電球を付けたり消したりするだけで喜んでいるスコットランドの村人のほうが幸せそうだった。

エンドロールは最後まで見ること。
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