倉持リネン

奇跡の人の倉持リネンのレビュー・感想・評価

奇跡の人(1962年製作の映画)
4.0
短編映画Feeling thoughを観て、改めてヘレン・ケラーの伝記を観たいなぁと思い初視聴。

子供の時に読んだ伝記本のなんとなくの記憶で、サリバン先生が自分の口にヘレンの手を突っ込んで発音を教えるイメージだったんですが、サリバン先生は手話を教えた人で口に手を入れるのは別の先生みたい。ごっちゃになってた…


そして、子供でも読める本から読み取る内容と映画だとかなり印象が違うのにも驚いた。

何せこの映画、大半が大暴れするヘレンとそれを力で押さえ込むサリバンの激しい、乱闘にも似た躾のシーンなのだ。


そもそも目と耳が悪いだけで脳や体には問題ないというヘレン。
だからこそ気に入らない事にはとことん反抗し、物を投げたり人を殴ったり。

サリバン先生はケラー家に着いて1時間の間にヘレンに顔を殴られ歯を折られて部屋に閉じ込められる。


止めようとしても意思疎通はできないし、羽交い締めにして縛り付けて食事を抜いて、時には殴りあって躾けるしかない。


↑これ、文章で書くと酷い感じがするけど、映像みてるとそうするしかないよな……と思う。



そしてこの映画、観る前はヘレンケラーのことを奇跡の人と呼んでると思っていたが見始めると奇跡の人なのは完全にサリバン先生である。


自らも盲者として生まれ、病気の人に囲まれネズミが這い回り売春を勧められる、そんな劣悪な障害者施設で育ったサリバン。

年間7.80人が亡くなるその施設で生き延び、更には数多の手術に耐えて視力を回復させ、優秀な成績で卒業。

そんな彼女が目も見えず耳も聴こえない状態で好き勝手甘やかされ、動物のように育ってしまったヘレンの教育係として雇われるが、上記の通り状況は酷かった。


雇った張本人のケラー夫妻はヘレンを甘やかそうとして厳しいサリバンを非難するし、ヘレンの義兄にはちょっかいを出される。


厳しい環境の中でそれでもヘレンと向き合い、彼女が意思疎通できるようにと手話を教え続けるサリバン。

そんな彼女が途中「ヘレンを愛していない」と打ち明けて涙するシーン、、

なんかもう色々辛い。凄まじい。
ヘレンケラーを演じたパティ・デュークは当時16歳。
それでなんでこんなにすごい演技が出来るんだ!?と思ったら、本作の元になった同名の舞台にヘレン・ケラー役として2年間立ち続けて居たらしい。


感動の作品として紹介されているのを目にする本作。
確かにラストは感動的ではある(史実の通りなので詳しくは書きません)が、それ以前に障害者の育児を体当たりで描いた凄まじい作品であり、その部分をもっと評価すべきでは無いかと思う。
倉持リネン

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