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鬼龍院花子の生涯のshibamikeのレビュー・感想・評価

鬼龍院花子の生涯(1982年製作の映画)
3.0
大阪のとある夜のお店…
ママ「三毛奴!三毛奴〜!」
三毛奴「はぁい〜、ママさん、どないしはりましたん?」
ママ「どないしたもこないしたもあるもんですかっ!三毛ちゃん!あんた、またお座敷でウンコしたさうやないの!三味線に合わせてウンコをぶりぶり出す花魁がどこの世界におるんですか!器量も愛想も悪いあんたをこの店に置いてあげてんのは、慈善事業やからやないんですよ!ちゃんとしなさい!ホンマにもうっ!」
三毛奴「堪忍です〜ママさん〜、三毛奴いつも真剣にやってるんです〜………」
アカンなんも思い浮かばん。

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吉原炎上の鑑賞後に続けて鑑賞。
久しぶりに2本連続で映画見ると疲れる疲れる💦普通に偏頭痛になってしまい、サゲぽよ💦
そして、吉原炎上に続き、本作も自分には合わなかった😩
柴三毛「なんかわかんないけど、絶対に自分はこの映画好きだ!」と思って会社を休み喜び勇んで池袋くんだりまでノコノコ出掛けたけれど、自分の思惑は大きくハズレた。
タイトルで"鬼龍院"とは言うけれど、自分の溜飲は下がらず。かういう場合、溜飲は上がるの?


大正〜昭和前半。土佐の鬼龍院というヤクザの元に、幼い松恵(夏目雅子)が貰われて、彼女の成長とヤクザの色々な出来事、というお話。

鬼龍院の親分を演じるのが仲代達矢なのだけれど、自分はこの親分が苦手だった。
ワンマンボス中のワンマンボス。
暴れん坊というだけでなく、素直で実直なところが大勢に慕われているのかも知れないけど、自分は嫌いだった。
映画のストーリーが常にこの親分を中心に進んでいくので、親分に感情移入できなかった時点で自分にこのガーエーは拷問だった。
 この親分、身内が伝染病で臥せって、医者から隔離病棟へ入院させろと言われても「この家で看病する!」と無茶言う割に自分では1ミリも看病しないだの、無実の一般人にいちゃもんつけて小指を詰めさせるだの、毎晩若い女を肉布団よろしくとっかえひっかえだの(←個人的嫉妬)、夏目雅子の神々しいパイオツを両手でギューッ!と鷲掴みにするだの(←個人的嫉妬)、絶対に関わり合いたくないタイプの人種🤮
というか、ストーリーの流れとか関係なく夏目雅子をちゃんとすっぽんぽんにひん剥けよっ!😠乳は見えたけど、尻が見えなかったじゃねぇかっ!😠ひん剥くならひ・ん・剥・くっ、ひん剥かないならひ・ん・剥・か・な・い!さういうところだぞっ、仲代っ!!

吉原炎上のときも思ったけど、本作も何かあっさりしてんなぁ、という印象。
親分にしても組が衰退していく中で夜、安眠出来なくなったりするのだけど、さういう人間臭いところ見せてくれたら良いのになぁと思った。さういうシーンも確かにあるのだけど(あるんかい)、なんか自分の琴線には触れなかった。なので感情移入できなかったのかなと。自分から見たらあの親分は背景不詳の化物以外のナニモノでもなかった👹
 夏目雅子にしても、親分達への愛情感情を持つに至った過程がよくわからなかった。
まぁ結局、大正時代の任侠界隈の人達に比べて、令和に生きる自分が薄情なだけの気もする😋

登場する女性陣が夏目雅子、岩下志麻、夏木マリ、ととっぽい美女ばかりで極道の女という世間的イメージというのはかういう映画が参考になっているのでせうね。この監督は極道の妻たちも撮っているさうですし。

タイトルにある"鬼龍院花子"というのは結局、夏目雅子の役のことではなくビックリした。花子ちゃんは別の女性なんである。そしてその花ちゃんの影の薄いこと薄いこと。花ちゃん存在しなくても映画として成り立ったのでは?と思ったが流石にそれは無理か。花ちゃんがウルトラ才色兼備の夏目雅子を憎んで鬼龍院一家がドロドロになるとかもなく、本当に花ちゃん影が薄かった。原作は違うんだらうか🤔

吉原炎上と連続で見て、五社監督は自分の好みじゃないのかもなと、金払ったのが口惜しい帰り道。
 新文芸坐にめちゃくちゃ久しぶりに行って、今年4月の劇場リニューアルはどんなもんかしらと思っていたけど、パッと見た感じ受付カウンターの場所が変更になっていたり綺麗になっていたり(元々綺麗だったけれど)、小汚い我々中年男性が何となく申し訳ないですわな。あと、トイレで一緒になったオッサンが小便後、余裕で手を洗わず颯爽と出ていき(名画座あるあるですわな)、やっぱり自分の溜飲は下がらず。

柴三毛 池袋の一句
「池袋 駅構内が 迷います」
(季語:駅構内→池袋駅は駅構内が似ている風景ばかりで東西南北がよくわからない→迷う→悲しい→冬)
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