河

夜の河のレビュー・感想・評価

(1961年製作の映画)
4.8
これもめっちゃくちゃに良い。『情事』がかなり直接的で激しい波のある映画だとすれば、この作品は同じ構造、同じテーマでありつつも静かで常に緊張感のある映画だと感じた。一気に洗練された印象。

危うく走る車がカメラに入ってきて、そこに乗っているのが主役である夫婦になっている。そしてその夫婦は死につつある共通の友人である男の見舞いに向かう。

見舞いに行った病院で、死の予感のようにヘリコプターの音が空から降ってくるように鳴る。そしてその病院で夫が浮気しそうになる瞬間にもその予感のように同じ音がなる。妻だけがその不吉な予感のような音を聞いている。
妻は見舞い後の一人で散歩している中、その予感のようなヘリコプターの音を反復するように、空から降るような異音を聴く。そしてそれが何の音かは示されない。そして、妻はさらに泣いている子供、止まって捨てられた時計、錆びた扉というその不吉な予感を反復するようなモチーフを経験する。
そして、男たちの喧嘩を止め、その男にナンパされた後にその不吉な音が若者があげるロケットの音だったことに気づく。異音がロケットであると転換されると同時に、妻の不吉な予感のようなものも欲望のようなものへと転換する。死を前にした本能的危機によって欲望が目覚めたような感覚がある。

夫は成功した小説家でありスランプに陥っている。小説家としての野望はなくなっており、金のために友人の事業家に提案された仕事を受けようとしている。資産家の出である妻に対して、そうでない夫は上流階級へと染まろうとする。

上流階級であること、金銭を優先することが表面的である、作り物であることとして置かれており、異音によって目覚めることがそこから降りることも意味している。異音によって目覚めた妻は夫を誘うが、夫は上流階級に染まりつつあるため、結局は夫に惹かれない。

そして、目覚めた妻と逆に上流階級に染まりつつある夫は事業家のパーティ / 夜に向かって行き、それぞれの目的を達成しようとする。そこにはオブジェが目覚めるのを待つ猫がいて、それが夫が目覚めるのを待つ妻と重ね合わされる。

そのパーティも上流階級的な価値観に染まった人々しかいないため、妻はそこで馴染めなくなっている。そして浮気も夫に惹かれないのと同様、未遂に留まる。

夫は事業家の娘と浮気しようとする。そこでその娘は自分の録音した小説を夫に聞かせる。そしてそれは異音についての小説であり、その娘も妻と同様に異音によって目覚めていることがわかる。そして、その娘の小説のテープの音それ自体が異音として夫を目覚めさせる。その直後象徴的に寝ている人を娘が異音で目覚めさせるシーンが差し込まれている。夫はそれによって、上流階級に染まろうとするのをやめ、小説家として再び生きていくことを決める。

ここで夫と妻の両方が目覚めた状態になるが、今度は妻がその娘と遭遇することで、その妻と娘にさらなる価値観の転換が起こる。それは妻から見れば上流階級だった過去の自分の肯定であり、娘から見れば未来の自分の肯定になっているように思う。それによって、妻は目覚めたことによって否定していた上流階級を肯定するようになる。

異音、過去の自分との遭遇によって、相手を優先してきた妻は自分を優先するようになる。一方で自分を優先してきた夫は相手を大切にしていなかったことに気づく。そのため、妻は夫と別れようとし、夫は妻とやり直そうとして終わる。

『情事』と同様に、時代の移り変わりが背景として存在する。そして過去となったものとして『情事』ではアンナの父がいたが、この映画では夫の小説家という職業になっている。そして『情事』ではアンナの彼氏が過去になりつつあるものとしておかれていたが、この作品では夫の友人である事業家という職業がおかれている。

妻、そして事業家の娘は異音、過去 / 未来の自分との遭遇を経てそのどちらとも決別するが、夫は異音のみを経て一度過去のものから過去になりつつあるものに移行し、また過去のものへと退行する。夫婦の関係性の話としての、夫が妻を求めるようになり妻が夫を拒絶するようになるという終わり方は、それを象徴したものになっている。

『情事』におけるアンナの不在が、ここでは友人の死に関わる異音に置き換えられている。『情事』はそれにより発生する人間の複雑さ、不安のようなものに対して、男は逃げ続け、女が対峙するという話になっていたが、この作品は同じ構造を持ちつつも、女は対峙するのではなく決別する話になっている。

『情事』と同様にモチーフ、セリフ、ショット、話の流れまで非常に緻密に練られた映画だと感じる。背景に流れる音楽にまで映像的な必然性を持たせ、さらにその映像に物語的な必然性まで持たせていることに驚いた。

パーティのシークエンス、特に雨が降り出して以降は全ショットに霊感みたいなものがあり、浮気しようとしている妻の雨音しか聞こえない車での長いショットでそれが極まるように感じた。

『情事』でもあった感情に呼応するような映像や演出はこの映画にもある。基本的に二人の関係性についてだった『情事』に対して、この映画では関係性が複雑になっている。それに対応して、価値観の転換、そして転換による関係性の変化を整理して簡潔に表したようなショットが何度もあり、それが『情事』にはない部分のように思う。
河