えむえすぷらす

U・ボートのえむえすぷらすのレビュー・感想・評価

U・ボート(1981年製作の映画)
5.0
カナザワ映画祭2014でディレクターズカット208分版を爆音上映で見ました。
スクリーンで大音量で体験した3時間28分の旅路は「白鯨」を下敷きにドイツのUボート内の様子を描写。軍広報の特派記者として乗艦した少尉は観客の視点として艦長と乗組員たちを見ていく事になる。
潜水艦の航行シーンは実物大モデルと模型の併用でシーンによって見栄えがかなり異なる。荒天で翻弄されながら突き進む潜水艦のシーンは模型であろうと思われるのですがスクリーン前に見てみると実艦で撮影したように見える。


前半は出撃前に不安から暴れる士官と水兵達の様子を描いた上でフランスに設けられたUボートバンカーから出撃。船団と遭遇するまではその繰り返しの日常を描いて見せている。狭苦しい艦内。隙間があれば押し込まれている食料。悪臭、毛ジラミと非衛生的環境。日が経つと悪化して行く食環境。艦内のディテールを徹底的に作り込んでいて、その日常シーンから読み取れるようになっていた。

特派記者の少尉が寝棚で若い乗員からフランス人の恋人がいて妊娠していると打ち明けられたシーン。少尉はその彼女の事を心配していた訳ですが、連合軍によるフランス解放後、独協力者に対する処罰感情は強く特に弱い立場にあった女性は丸坊主にされ市内を引き回された。そのくせ男性には甘く追求が緩かったとの話はビーヴァー&クーパー「パリ解放1944-49」で書かれている事を思い出した。少尉の危惧は決して絵空事ではなく現実のもの。

本作ではヒトラーを嫌っている人物が多く登場する。冒頭のバーでのシーンでは叙勲された他の艦の艦長があやうくヒトラー批判してしまいそうになる。
本作の主人公と言えるUボートの士官室に掲げられた写真はヒトラーではない別の人物(デーニッツ海軍提督?)のもの。
そして艦長はヒトラーとナチス賛美のラジオ放送を嫌って英側のドイツ向けの音楽番組を流させる。
数少ないハイル・ヒトラーの声はスペインの偽装補給船上のパーティーでの船長達との交歓のシーンで出てくる。この敬礼を行ったのは商船側と潜水艦内ではヒトラーを崇拝している部類のメキシコ在住ドイツ人の息子の先任士官のみ。(そしてこの士官の身なりが唯一まともだった為に船長が艦長と間違えるというコメディ展開も含まれる)
ドイツ海軍は準備万端で戦争に突入した訳ではないし、Uボート部隊も十分な数が揃った事はない。そして戦争初期はともかく連合軍のUボート対策が進んでいく事で撃沈される事が増えた。魚雷攻撃すればすぐ護衛艦艇が駆けつけ爆雷やヘッジホッグを落として反撃を受け、そして多くが消えて行く。そういう死線をくぐって来た人たちなので嫌うのは無理ない所か。

船団襲撃は連合軍の駆逐艦、フリゲート、コルベットなどの護衛部隊をかいくぐって魚雷攻撃を行い、その後の護衛部隊からの爆雷攻撃に対して深深度への潜航や速力変更などで回避を図る。
爆音上映のおかげで爆雷攻撃シーンは本当に爆雷が降り注いだかのような迫力が実現された。

ちょっと不思議なのは襲撃後、護衛艦艇の爆雷攻撃をかわして浮上した所で魚雷を食らって炎上中のタンカーらしき商船に止めの一撃として魚雷を使用したシーン。既に沈没は見えている船にわざわざ貴重な魚雷を使う?とは思った。このような魚雷を使う必要がない時のために甲板に砲を搭載しているはずなのですが。
艦長が自艦に対する反撃でこちらを散々追い回す時間があったのに船団側が魚雷を食った船の乗組員を救助していなかった事に怒り狂う。これは艦長自身が民間商船乗組員から転じた人物ゆえだろう。帆船に乗っていたと語り、その船と思しき写真を自室のデスクに飾っていた事でも分かる。本当に実在した艦に見える精緻な描写が本作のリアリティを支えている。
なお救助されていなかった理由は描かれていませんが、船団脱落時はまだ致命的な炎上ではなかった可能性はあります。ただ、それなら曳航か救助のための船を残しそうなものでちょっと観客側が補わないと不自然に感じられる所てはあります。

Uボートの強みは無線連絡による情報共有。そして弱みでもあった。何処に船団がいるか分かることで近くにいる潜水艦が駆けつけて攻撃に加わる事が出来た。ただ無線発信は位置測定されてUボートの位置を暴露する結果を招く。本作では後者描写はなくまたUボートの乗員達にとって有利な狩場だった頃の話になっている。

後半ではジブラルタル海峡突破作戦で甚大な被害を受けた事で生じた危機をどう乗り切るか描かれている。
前半が艦長の意思の物語だとしたら後半は艦のエンジニアたる機関長の意思と機関兵曹の復活だったのではないか。
このようにUボートで実際に起きていた事を一通り織り込もうとしたのが本作だと言える。