シズヲ

グラン・トリノのシズヲのレビュー・感想・評価

グラン・トリノ(2008年製作の映画)
4.8
※再レビュー

「それさえ守れるのなら あの車はお前のものだ」

イーストウッドは何故真の意味でのスターなのか、それはイーストウッド本人が自己をスターとして定義しているからだと思う。老いてなおスクリーンで最前線に立ち続け、自分という人間を表現することに一切の躊躇いが無い。『クライ・マッチョ』では90歳を超えてもなおイーストウッドは主人公だし、それを納得させるだけの風格とバイタリティーがある。そしてかつてセルジオ・レオーネが見出したように、ただそこに立つだけで圧倒的な存在感を放ってしまう。そんな彼の堂々たる佇まいからは限りなく神に近いものを見出してしまう。本物のスターというものは銀幕を通してイメージ化された神の類いだと思うし、つまるところおれはイーストウッドが好きなんだなあ。

かつてイーストウッドは『許されざる者』において自身が活躍した西部劇というジャンルを総括し、引導を渡すことで“彼自身の集大成”を描いてみせた。本作はある意味であちら以上に核心的な形での自己総括で、イーストウッドというスターの究極的な集大成である。ウォルト爺さん、有り体に言えば年老いて隠居した後のダーティハリーなんだよな。そう思ってしまうくらい本作のイーストウッドは自身のパブリックイメージを背負っているし(後年と比べてもまだ若い頃のようにがっしりしているので尚更重なる)、だからこそ主人公の人物像にも強烈な深みと説得力がある。

そんな訳で本作は真の意味でイーストウッドを物語る映画で、彼のマチズモ性と自罰性、そしてアウトサイダーとしての自己定義が描かれている。後年の『運び屋』や『クライ・マッチョ』での飄々とした姿と比較すると、本作の主人公は偏屈かつ神経質で本質的に余裕が無い。朝鮮戦争での悪夢を背負い続け、また若き神父が重要な脇役として登場するように、彼は自己の人生に対する“救済”と“納得”が必要となっている。この辺りの孤独と葛藤、殺人という業への向き合い方は“ダーティハリー(=マッチョに生き続けたヒーロー)のその後”を思わせる哀愁に満ちている。

前述した通りイーストウッド演じる主人公の深みに加えて、極めて小規模な舞台設定や丁寧に描かれるアジア系移民家族との交流など、“地に足付いたヒューマンドラマ”としての安定感が凄まじい。イーストウッドらしく淡々とした作風で語りつつふてぶてしいユーモアも忘れず、尚かつ適度で分かりやすいテンポが維持されているので内容にグイグイ引き込まれる。監督としてのイーストウッド、乾いた質感を貫いた上で静謐なドラマ性とシンプルな語り口を高水準で両立させてくるので唸らされる。“旧世代の保守的な老人としてのイーストウッド”と“多民族国家としての現代アメリカ社会”に注視し、その両方を対比させながら自己の理念の落とし所を模索しているのも印象深い。老いた主人公が国産車のセールスマンだったのに対して息子の片割れがトヨタを乗り回しているという描写も“文化の変遷”としてさりげなく印象的。

この映画の本当に凄いところはイーストウッドが自己のパブリックイメージを役柄に凝縮させた上で、最後の最後にそれを逆手に取った“選択”をして意表を突いてみせるところ。“イーストウッドならあの場で行動に出るだろう”と誰もが思う瞬間に敢えてそうしなかった。そしてあのイーストウッドが自らの意思で自己犠牲的な結末へと進んだ。その意外性だけでも驚かされるし、だからこそ彼自身の“総括”としての説得力が凄まじい。他者を遠ざけ、罪を背負い続け、そうして孤独に佇んできた男が選んだ道。それは紛れもなく彼自身の人生に対するけじめだったし、懺悔と継承によって彼の魂が“救済”へと至ったであろうことも余韻に溢れている。作中における物語とテーマ性が完璧に噛み合っているだけに、その帰結点となるラストの感動が凄まじい。

“白人の救世主”としての構図やモン族の文化の描写などで本国において少なからず批判もあったらしいが、実際それなりの納得感はある。本作はあくまで“イーストウッドのための映画”だし、彼はマイノリティーに寄り添っているのではなく単にアウトサイダーに関心があるのだと思う(『アウトロー』や『ブロンコ・ビリー』が顕著である)。また主人公はタオに対してもあくまで男らしさや古き時代のアメリカの魂(グラン・トリノがその象徴だ)を継承させており、内容そのものは根本的な部分からして保守的だと思う。

でも、だからこそ本作の理念は率直なんだよな。幾つになってもイーストウッドは自己を物語ることを恐れないし、自身の理念を毅然とした佇まいで表現してみせることが出来る。それ故に彼は圧倒的なスター性を内包することができるのだと思う。イーストウッドは『ダーティハリー』の時点で既にリベラル層からの批判があったらしいし、実際彼の作風を見ているとそういった批評も理解できてしまうけど、それでもおれはやっぱり彼というスターが好きだし畏敬の念を抱いてしまうんだなあ。
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