なべ

エクソシスト/ディレクターズ・カット版のなべのレビュー・感想・評価

3.9
 今年、エクソシスト製作50周年を記念して、続編となる「エクソシスト 信じる者」が公開される。どうやら三部作らしい。たぶんダメだと思う。エレン・バーステインが出てもダメだと思う。
 先日、ウィリアム・フリードキンが亡くなったこともあり、新作の前にどうしてもエクソシストを劇場で観直しておきたかったのだが、タイミングよく午前十時の映画祭で上映された。
 あいにく、悪名高いディレクターズカット版だったので、あちこちにいらぬシーンが追加されてる。オリジナルの輝きをそこかしこで毀損してるんだけど、まあそこは目を瞑ろうじゃないか。ちなみに劇場公開版は5.0なのでよろしく。
 うん、やっぱりいいね。贅肉がついてても、そこらへんの野良ホラーとはレベルが違う。
 キリスト教の悪魔憑きから最も遠そうなイラクの発掘現場から始まるオープニングシークエンスなんて最高だよね。
 メリン神父がバビロニアの遺跡で見つけたのはパズズ像(原作ではベルゼブブ)。歴史の浅いキリスト教ごときが、チグリス・ユーフラテスの古代文明の神や魔神を悪魔呼ばわりかよ!とマニアライクなモンクは横に置いとくとしても、ひとつの価値観しか持たないクリスチャンが異文化や異なる価値観をハナから理解しようとせず、理解できないがゆえに恐れるのがいかにも白人的。幼稚で傲慢。そういった意味で、獅子の頭と大きな翼、蛇の男根を持つ他宗教の魔神像は、まさに白人のイメージする悪魔そのもの。こうしてパズズは、キリスト教の神父と対峙するにふさわしい悪魔に大抜擢されちゃった。
 今まで考えたことなかったけど、いつもの平成生まれのダチに「なんでイラクの邪神がわざわざジョージタウンに住む少女に取り憑くの?」と聞かれて、理屈の通った回答ができなかった。
 もう手元に聖書がないので断言はできないけど、新約聖書に出てくる悪魔なんて、サタン以外では、マルコによる福音書のレギオン(こいつはれっきとした悪魔憑き)か、ヨハネの黙示録の何番目かのラッパで現れたアバドン・アポリュオンくらい。こちらは地割れの中からイナゴの大群を率いてやってくる描写があるから、これをパズズに見立ててるのかもしれない。でも素人所見なので、いい子のみんなは他所ではいわないでね。
 聖クリストファー(聖ヨセフかも)のメダイも同じ場所から出てくるが、これは千年単位で時代が違うので何かの間違いなのだが、後に出てくるカラス神父との出会いを示唆してるのね。
 ちなみに劇場公開版のラストではこのメダルをダイアー神父がクリスから受け取るのだが、ディレクターズカットでは一旦受け取ったメダルをクリスに戻してる。ラスト近くでおばちゃん支払い合戦みたいなやりとりっている? スッと終われや!
 ディレクターズカットの犯したもっとも大きな罪は、せっかくきれいに終わろうとしてる物語をどうでもいい話で引き延ばし、余韻を汚した点。キンダーマン警部とダイアー神父の新しい友情の始まりなんかどうでもいい。小説のエピローグとしてならともかく、映画の終わりに持ってくるエピソードとしてはくそダサい。誰も聞きたくないやりとりで、それまでの映像体験が一気に萎える。雑味でしかないのだ。脚本に書かれていて撮影もされたけど、カットされたのにはちゃんと理由がある。不要だからだ。
 あと、エクソシズムの途中でメリン神父とカラス神父が休憩するシーンがある。オリジナル版では2人は無言で階段に座り込むが、ディレクターズカットでは余計な会話がある。
 ブラッディはここをカットされたことを激怒し、長年恨んでたらしい。フリードキン曰く、「映画を観てれば理解できる無用な説明」だそうだ。ぼくも全面的に賛成。このセリフを聞いた瞬間、何説明してんの? バカなの?と思ったもの。無言の表情の方がどれだけ雄弁に物語っているか。言葉に頼る脚本家の映像センスのなさをよく表したエピソードだと思う。
 ついでに言っておくが、スパイダーウォークなどはもってのほか。あのシーンってまったく意味がないのだ。バークの死を知って動揺するクリス。そこに2階から海老反りで降りてくるリーガンが口から血を吐く。はぁ? ツッコミどころしかないじゃん。これって特典映像の削除シーンで観るものだよ。
 監督のコメンタリーで「これは唐突すぎるうえ、滑稽なので迷わず削除した」って語られるシーンだよね。
 そもそもディレクターズカットというよりはプロデューサーズカット。ゴネてたのは原作・脚本のウィリアム・ピーター・ブラッティの方なんだから。彼がプロデューサーも兼ねてるせいで、空前のヒットを放ったにもかかわらず、公開後もずーっとモンクを言い続けてたってんだから。あんまりしつこいもんだから、昔より丸くなったフリートキンが根負けして、追加したんだよね。
 どう考えてもカットするのが正解なのに、プロデューサーがアホだから仕方なく追加したディレクターズカット。シンシナティ・キッドの例もあるように、力のある関係者の妄執のせいで映画の価値が下がることもあるのだ。そんなことがわかるいい教材だと思うが、人に勧めるなら絶対オリジナル公開版の方。間違いない。
なべ

なべ