神はいつでも だんまり だ。何のための聖書だ。何のための御言葉か、何のための讃美歌か。
律法学者たちの講釈は人間の損得だけ。
良きサマリア人、隣人の話を思い出す。
人を人として扱わないシーンが苦しい。
乱暴な言い方をすれば、新約聖書に書いてある神の言葉は『互いに愛し合いなさい。』のみだ。 苦しい現状からイエスの力で助けてくれると周囲が期待して、裏切られて殺されるキリスト。
それでもイエスが支持されるのは『互いに愛し合いなさい。』と言い続けたからかもしれない。
イエスとシンケが似ているようにも思う。
『我々に自由を』
奴隷からの解放だけではなく、悪を退ける自由を。人としての尊厳を守る自由を。