「もういっぺん教室で手を上げてみたかったな」(俊夫)
「・・・」(橋本)
「橋本鉄哉(石原裕次郎)くん、『星の界(よ)』という歌を歌ってください」
「星の界?・・・忘れました先生」
「じゃあ先生と一緒に歌いましょう、きっと思い出しますよ
♪ 月なきみ空に
きらめく光
嗚呼その星影
希望のすがた
人智は果なし
無窮の遠(おち)に
いざ其の星影
きわめも行かん♪」
映画「アゲイン」を観たことでピックアップしたのは石原裕次郎氏のこの映画です。
高村家で専属運転手として車庫の一室に住み込む橋本鉄哉(石原裕次郎)はある夜髙村家の息子、俊夫(子役の小倉一郎)の天体望遠鏡のレンズの右側の曇りを拭き取る手伝いをします。俊夫は曇りがあると言うのですが、レンズには曇りがなく天体望遠鏡を抱えて車庫の上の観測所に戻る俊夫は梯子から落ちて怪我をします。
橋本の報告から髙村家の主治医は大きな病院を紹介し、俊夫の脳腫瘍が発見され摘出手術をするのですが、腫瘍の三分の一は脳の深部にあり全摘出はできませんでした。
橋本は偶然、手術をした医師3名が「髙村俊夫の癌は悪質で細胞検査が先に行われていれば手術をしなかった」という話を聞いてしまいます。
俊夫の本当の病状は家族にも話されず、俊夫は退院をします。
俊夫は大学生の姉を持つ、学業優秀な中学二年生です。退院の日、百科事典で病気のことを調べ自分がそれほど永く生きないと察知し橋本に話します。
橋本は以前ダム工事の現場で働いていたとき三人の男とケンカになり一人が死んでしまった過去があります。
俊夫は右手に力がはいらなくなり、記憶力が失くなりはじめ視野が狭くなり再び手術をうけます。退院が近づいたある日、俊夫は看護婦が不用意にしていた俊夫の病状の話を聞いてしまい元気をなくしてしまいます。俊夫は橋本にだけその事を打ち明け、橋本は俊夫に誰にも言わない約束をさせられ、楽しいものを沢山見ておきたいと言われます。
橋本は一人病院を訪れると看護婦を責め、執刀医に二度目の手術の是非を確認します。執刀医は「治らないと決まった訳ではない以上、医者としての最善を尽くす」と言われ引き下がります。
橋本は誰に何を聞かれても俊夫との約束を守り、俊夫にも病院で分かったことを話すことはありませんでした。
髙村家では俊夫が一向に回復しないことから病院を代え、抗がん剤治療に切り替えます。
橋本がいつもそばにいることに安心をしている俊夫ですがある日、髙村家に橋本の前職の事件を知らせる手紙が届き橋本は解雇されます。それを知った俊夫は橋本を解雇するなら全ての治療を拒否すると言って橋本の解雇はとりさげられ、俊夫の姉が駐車場で荷造りをする橋本を訪ねます。
「・・・」
「じゃあ、いていいのですね」
「いていいんじゃないわ、いていただきたいの、お願いあのこのそばにいてあげて・・・」
俊夫の姉だけは橋本は俊夫の秘密を知っていることに気がついているのです。
通うこともできなくなってしまった学校の校庭で俊夫が話します。「もういっぺん教室で手を上げてみたかったな」・・・。
俊夫はその日意識を失くし目を覚ました時、橋本に言います。
「何もかも忘れてしまうのかな、それが死ぬってことなのかな・・・。ぼくもうじき分かるんだ、でもごめんね分かっても君には教えられない・・・」
以前抗がん剤治療で苦しんでいた俊夫から「死ぬっていうことはどんなこと」と尋ねられ「俺にも分からない、あんたが俺に教えてくれるんじゃないかな」という会話の答えを俊夫はずっと模索しているのです。
「みんなのことを忘れない」と言った俊夫の臨終を見届けた橋本は泣き言をいわなかった俊夫に「坊っちゃん、あんた偉かった」と声をかけ荷物をまとめ屋敷を後にします。
1964年フジテレビで石原裕次郎主演で一時間枠の単発ドラマとして放送された石原慎太郎氏の小説は、同じ年石原プロと日活の合同作品として石原裕次郎主演で映画化されました。作品は共にモノクロ、テレビ版とは違い橋本は寡黙な男になっています。俊夫を演じるのは子役時代の小倉一郎氏、病床で呼吸をしない場面などで素晴らしい演技を披露しています。
強烈な感動を求めて鑑賞したのですが大きな感動を得ることはありませんでした。ただアクション映画ではない石原裕次郎を観ることと『星の界』の歌をを思い出したのは収穫でした。
ひときわ輝く星を見て「あれは僕の星かな」と話す俊夫は、ふとぼくの好きな堀 勝治さんが佐々木 清さんへ宛てた手紙を思い出させます。
(佐々木清さんへの手紙)
星を知らない者は不幸である。
星を知っていても
星の美しさを知らない者は愚かである。
星の美しさを知っても
その大きさ、抱擁、暖かさを知らぬ者は悲しい者達である。
星のあることを知っていてしかも星を見ようともせぬ、
星の美しさを知っていてそれに抱かれようとせぬ、
そういう悲しい人達がいかに多いか。
俺は星を見る、
君を見る、父を母を、そしてまた、大きく星を見る。
星はあまりにうつくしすぎる、僕にとって・・・。
人間にとって・・・。
堀 勝治
・・・・・・・・・・・・
星の界
1 月なきみ空に
きらめく光
嗚呼その星影
希望のすがた
人智は果なし
無窮の遠に
いざ其の星影
きわめも行かん
2 雲なきみ空に
横とう光
ああ洋々たる
銀河の流れ
仰ぎて眺むる
万里のあなた
いざ棹(さお)させよや
窮理(きゅうり)の船に
病気と闘う全ての子供たちに平穏な日々が訪れますように・・・