青山祐介

ミツバチのささやきの青山祐介のレビュー・感想・評価

ミツバチのささやき(1973年製作の映画)
4.5
『幸福と愛情は、苦しくつらい絶望に過ぎない。そんなときに、人にわかってもらってどうなるというのだ?この苦しみは、一人で苦しめばそれで十分だ。… 堕ちた天使は悪辣な悪魔になる … だが、そんな神と人間の敵にも友はいて、寂しさを慰めてくれるだろう。しかし、おれは一人なのだ…』メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」怪物の告白

美しく神秘的で、繊細で悲しく、心の奥底にひびく、忘れることのできない、不思議な映画です。
原題は「ミツバチの巣箱の精霊(EL ESPÍRITU DE LA COLMENIA)」、モーリス・メーテルリンクの「蜜蜂の生活」の中の一節から採られています。養蜂家であるアナの父親は、日誌に書きます。『(ガラス製の)巣の中での蜂達の運動は、絶えまなく神秘的だ … 報われることのない過酷な努力 … 唯一の休息たる死も、この巣から遠く離れねば得られない。この様子を見た人は驚き、ふと目をそらした。その目には悲しみと恐怖があった…』、そして恐怖のあまり抹消してしまいます。
邦題は「ミツバチのささやき」、これは、アナへの愛おしい思い入れから生じた題名なのでしょう。ミツバチの喧しい羽音の中で、その「ささやき」を聞くことができるのは、おそらくアナだけです。しかし、それは「死の精霊」のささやきです。ルイス・デ・パブロの音楽、オユエロス村の情景、愛を失くした夫婦、列車の窓に浮かぶ内戦の兵士のうつろな顔、脱走した兵士の死の影、銃声、血痕、姉イザベルの執拗な死の真似、黒猫の首を絞めようとするイザベル、血の口紅、線路に耳を当て聞く死の鼓動、毛布を掛け、ランプを消す冷たい手の表情、この魅力的な映像には、私たちが子供の頃に恐れ慄いた「死の予感」が溢れています。
この映画は、また、フランケンシュタインの怪物を救済する物語でもあるのです。
アナもエリセも私たちもメアリー・シェリーを読む前からフランケンシュタインの怪物を知っていました。エリセがシェリーをどこまで意識していたかは分かりませんが、怪物の姿も私たちが知るホラーとしての伝説も、ジェイムズ・ホエール(1931年)の映画によって創造されたものです。
アナはイザベルに問いかけます。『…なぜ怪物はあの子を殺したの?』シェリーの怪物は溺れかけた少女を救ったがために、かえって父親の農夫から恨まれます。『なぜ怪物も殺されたの?』ホエールの映画では、燃えさかる水車小屋で焼け死にますが、シェリーの悲しい怪物は流氷の塊に乗って闇に消え去ります。
アナは、フランケンシュタインの怪物=精霊にむかって『目を閉じて呼びかけ』ます、『私はアナです』と。
青山祐介

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