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春婦傳/春婦伝のnetfilmsのレビュー・感想・評価

春婦傳/春婦伝(1965年製作の映画)
3.7
 女はデコボコとした焦土の上を、土を踏みしめながらたった1人でひたすらに歩く。時に土に足を取られても女は何度でも立ち上がり、力強く歩を進めるのだ。後ろを振り返るとそこには荒れ果てた焦土と乾いた空気に包まれている。中国北部の大荒野を、トラックに乗せられて慰安婦の一団が日本軍の基地まで運ばれている。その中には、天津の売春婦宿にいた春美(野川由美子)の姿があった。幌の付いたトラックの荷台からぼんやりと荒野を眺めながら数十キロ走る女はかつての愛人の姿を想い、呪った。春美は男を忘れるため、自分からこの前線基地となる慰安所を希望したのだった。更に険しい山間地にトラックがやって来た時、彼女は三上上等兵(川地民夫)の美しい瞳を凝視し何かを感じ取った。やがて慰安所に着いたその日から、彼女たち7名は1000人もの兵士の性の相手をしなければならなかった。早速その夜、彼女を抱いた成田(玉川伊佐男)という男は粗暴で、天津で弄ばれた嫌な記憶がフラッシュ・バックした。彼女は成田の部下の三上を愛し、彼の為に全てを捧げようと心に誓った。

 『肉体の門』の原作者・田村泰次郎の物語は、娼婦たちの視点から残酷な戦争の爪痕を描いた作品である。第二次世界大戦の最中、中国北部の北支戦線に従軍した兵士たちと、所謂日本人慰安婦との交流を描く。谷口千吉の『暁の脱走』(脚本は黒澤明)をリメイクした物語は単なるリメイクに留まらず、ここでも清順独自の奇抜な映像世界を作り出す。天津時代の愛に破れた日々をたった1シークエンス上で描いたかと思えば、憎き成田中尉(玉川伊佐男)の映像が紙に複写され、くしゃくしゃにされて放り投げられる。『肉体の門』が緑、赤、黄、紫などのカラフルな色彩と日焼けした小麦色の肌の生々しい対比がどぎつさを感じさせたのに対し、今作は折り目正しいモノクロームの荒野の中に、荒涼とした風を吹かせることで、戦争の虚しさや悲惨さを強調するのだ。

 今作でも男に身体を委ねる慰安婦を演じた野川由美子の金切り声や女の絶叫が印象的だが、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』や『野獣の青春』で狂気を宿した若者像を力強く演じていた川地民夫の暴発寸前の狂気が凄まじい。軍隊の掟に縛られ、インテリの宇野一等兵(加地健太郎)のように精神的自由を謳歌出来ない三上の姿は文字通り、軍国主義と愛する女との間で木っ端微塵に引き裂かれていく他ない。横移動する女の彷徨とクライマックスのストップ・モーションのカタルシス。ここでは『暁の脱走』のメロドラマ的な甘さに異を唱えるかのように、鈴木清順の戦争映画はいつだって戦争の不毛さをこれでもかと絶望的に描き切るのだ。
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