観てたけど、書いてない、書けてない映画を再見シリーズ⑧
2006年、ドイツ映画。これは妻と一緒に子どもが寝た後に観た。
2人で「良かったなあ〜」と語り合った記憶がある。
先日、古い引出しを整理していたら、当時夫婦で観た映画(DVD)の一行コメントが見つかった。
「旧ドイツの暗黒、だけど、保安員が劇作家のどこに惹かれたかが疑問。」て書いていた。
今から15年前なんだけど、何か分かってないなあ、俺、、情けない😅
改めて、じっくり観返してみると、、、
素晴らしい!
実に素晴らしい!
特に映画の締め方、そうか、ここに持って行くんだよ、、そこが肝なんだよ、
壁が崩壊する少し前の東ドイツ。
シュタージと呼ばれる国家保安局員ヴィースラ大尉、冒頭のシーンでは、自らの非人道的な尋問を教材にしている。
笑わない、同情しない、感情を表さない、ただ、国家のため、組織のためにしか働かない男。
ヴィースラは、反体制派の疑いのある劇作家のドライマンの盗聴・監視を命じられる。
ここからの2人の関係、描写が実にスリリングで、素晴らしい。
2人は同じ空間に居ないのに、立場は真逆なのに、
ヴィースラは、ドライマンと彼女のクリスタと生活の中に、忘れ去ろうとしていた人間の温もりや実相をヘッドホンの奥に感じ始める。
でも、この映画は、ここからなんだよね。
時代は大きく2人を呑み込んでいく。
ここからのラスト30分は、圧巻です!
この映画は、語らない、あえて雄弁に語らない。
なぜ、ヴィーズラは、ドライマンに惹かれたのか、語らないことが、あの感動を呼ぶのだ、と、再見して気付いた!
(下手な映画だと、「君が、、だったのか
ありがとう。」「僕の方こそ、、」と抱擁する2人みたいな💦)
このラスト、本当に心にズシン!と迫ってきました。
タイトルである「善き人のためのソナタ」
この曲を本気で聴いた人は悪人にはなれない。
この曲が、この言葉が、支配、監視、体制という非人間的な日常を生きてきたヴィースラーの心に少しずつ少しずつひびをつけていきます。
あの高く、硬かったベルリンの壁を壊していくハンマーの最初の一撃のように、、、
スリリングで、しかも、ヒューマンであり、
歴史的な重みと、人を見つめる確かな描写
33歳にして、このハイクオリティ作品を撮ったフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督。
この後、あまり活躍していないのは何故なんだろう。