炭酸煎餅

善き人のためのソナタの炭酸煎餅のレビュー・感想・評価

善き人のためのソナタ(2006年製作の映画)
4.1
1984年、ベルリンの壁崩壊間近の東ベルリンを舞台にした、2006年のドイツ映画。

壁崩壊前の東ドイツが凄まじい監視社会で、ベルリンの壁の(東側からの)警備の厳重さは刑務所並みだったというのは知られていますが、本作はストーリー自体は架空ながら、その実態の一端を描き出しているように感じられました。
気になって調べてみたらシュタージ本部の玄関口とか、あれ実際の場所でロケしてるんですよね……。
特に主演のウルリッヒ・ミューエなどはまさしく「監視対象だった演劇人」の当事者そのものだそうで、その他にも東ドイツ出身の出演者が複数おり、この映画のような状況が「他人事ではなかった」人々によって演じられる、という事にはなかなか意義深いものがあるのではないでしょうか。

監視する者、される者双方の状況を淡々と描いており、特別に動的・劇的な展開は無い静かなドラマなのですが、偏執的とも言える厳重な盗聴システムや、常時言動に注意していなければいつ逮捕されるかわからない、という気の抜けない状況に囲まれた監視社会の描写は非常にサスペンス性が高い物語になっていると思いました。
(しかしあそこまでしないと維持できなかった体制って、一体なんなんでしょうね……)
主人公である、鉄面皮で非情としか見えなかったヴィースラー大尉が「なぜ」転向したのかは特に具体的には描かれないのですが、思い返してみるとこの映画では主人公以外の人物の心情もあまりシーンとして「分かりやすい」描写がされるわけではなかったように思えるので、もしかしたらそこを明確に描かない事には意図があったのではないかという気がします。
色々考えた上で複数回観ればさらに味が出る映画、ということなのではないでしょうか。

それにしても、2度のタイトル回収、特に最後のは「この物語の最後のピースがはまる」感が素晴らしくて思わず唸るくらいだったんですが、この「善き人のためのソナタ」って実は邦題だけで、原題は"Das Leben der Anderen"(英題だと"The Lives of Others")で全然違うというのには驚きました。おそらく単純に訳すと単語的に多重に意味がかかっているっぽい原題のニュアンスが伝わらなくなってしまうので新規で付けられたんだろうと思えるのですが、結果的にこの邦題はめちゃくちゃいい仕事なのではないかと思いました。

……ところで後から知ったんですが、本作の監督の次回作が「ツーリスト」だって知ってました……?全然作風違うやん……
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