アキラナウェイ

善き人のためのソナタのアキラナウェイのレビュー・感想・評価

善き人のためのソナタ(2006年製作の映画)
4.5
ドイツといえばサッカー、ビール、ソーセージ。その昔東西に分けられていた事なんて、ふと忘れてしまいそうになる。

そうだった。
1つの国が東と西で分けられ、自由に行き来出来ない時代があったのだ。

1984年の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)の局員ヴィースラー大尉は、反体制の疑いがある劇作家ドライマンとその恋人の舞台女優クリスタの監視を命じられ、ドライマンのアパートには盗聴器が仕掛けられる。彼への盗聴は長らく続いたが、ある日ドライマンが弾いたピアノソナタにヴィースラーの心は激しく揺さぶられる—— 。

げに恐ろしきは国家保安省ことシュタージ(独:Stasi)の執拗な監視体制。留守を狙っての盗聴器の設置も手際が良いし、不審な男達が向かいの部屋に入っていくのを目撃してしまった主婦への口止めも怠らない。

元来芸術家の精神というのは、自由を追い求めるもの。監視社会による窮屈な東側より、資本主義に則った西側に惹かれるのも自明の理。

東ドイツの自殺者の多さを世界に告発しようとドライマンと仲間達が、隠し持ったタイプライターで告発文の作成に勤しむ中、その会話の一言一句に聞き耳を立てている男ヴィースラー。

東ドイツへの忠誠を誓った筈のヴィースラーの頑なな心をあのピアノの音色が変えてしまう。

「いや、私のための本だ」

というラストの台詞に全てが集約される、素晴らしいストーリー展開と幕引きの美しさに溜息が漏れた。

監視社会の中で、監視する側もまた疑問を抱きながら苦悶する。

ベルリンの壁の崩壊。
東と西とを隔てる壁が崩れ去って、
時間が過ぎ去ってしまえば、
もはや過去の監視活動により報告された、対象者の言動の一つ一つに何の意味があるというのだろう。

しかし、時は過ぎても彼が愛したクリスタは戻らない。

ドライマンとクリスタを人知れず守ろうとしたヴィースラーの晩年が如何に孤独だったかを思うと、それにもまた胸が締め付けられる。

第79回アカデミー賞外国語映画賞の受賞も頷ける良作。