あーさん

日の名残りのあーさんのレビュー・感想・評価

日の名残り(1993年製作の映画)
4.3
The Remains of the Day=日の名残り
邦題がとても美しい。

原作者カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞してすぐに観たかったのだが、思いの外、日が経ってしまった。
しばらくタイムラインが今作でいっぱいになるかと思いきや、、
意外にもこちらでは注目されていないようで。。

イギリスの名門貴族ダーリントン卿の屋敷、ダーリントン・ホールに仕える一人の執事スティーヴンス(アンソニー・ホプキンス)の半生を、過去と現在(1950年代)を行ったり来たりしながら振り返る物語。
一人称で語られるのが特徴的。

1920〜30年代は、ちょうど第一次世界大戦後の政治が混沌とした時期。ヨーロッパ諸国は戦争はもう嫌だと思い知ったはずなのに、その後第二次世界大戦に突入して行く。。(現代史が苦手な私は、この時期のドイツ、アメリカの立ち位置について怪しかったので後でベルサイユ条約の前後、ざっと復習し直した)

政治の"アマチュア" 、"プロ"という言葉が印象的。夜な夜なダーリントン・ホールでは、秘密裏にヨーロッパ要人による会議が催されていた。
アメリカ人のルイス下院議員(クリストファー・リーヴ)は、ここで話されていることはアマチュアリズム=honor(名誉)であって正義・善ではないと言う。
「高貴な行動が尊ばれる時代は終わった。世界がどうなりつつあるのかを認識し、現実を踏まえた政策=real politicsを行わなければならない。そうでないと取り返しのつかない事態になる。プロに!」
というセリフが忘れられない。

そして、人種差別・宗教の問題は急に起きた訳ではなく、この頃からあからさまで非常に根深いのだと改めて知った。何故ナチスが台頭していったのか、、ヨーロッパ人とユダヤ人の決定的な隔たりについても触れているので、その頃の流れを想像することができる。
平和的な解決は理想だけれど、ここまでこじれてしまったのにはやはりそれ相応の理由があるのだなぁ…。

アンソニー・ホプキンスの抑えた静かな演技に終始、魅入る。
"ハンニバル" "羊たちの沈黙"のレクター等の猟奇的な役も印象に残るが、今作の執事役も本当に素晴らしい!
執事として職務を全うする余りに、押し殺してきた自分の気持ち、自分の意見を改めて求められて戸惑う繊細な心の動きを、ほぼ完璧に演じていたように思う。
特に父の死、淡い恋心を抱いたミス・ケントン(エマ・トンプソン)から別の人に求婚されたことを告白されるシーンは、平静を装おうとするスティーヴンスの内なる動揺がしみじみと伝わってくる秀逸なシーンだ。

エマ・トンプソンは最近"ウォルト・ディズニーの約束" の気難しいメアリー・ポピンズの作者トラヴァース夫人役が記憶に新しいが、やっぱり芯の強いこういう役、ハマるなぁ。。

ダーリントン卿の甥カーディナル役のヒュー・グラントは何故か私の中ではチャラいイメージだったけど笑、それはおそらく先入観で、彼は今作のようなイギリス映画の結構良い作品にもチョイチョイ出演しているんだった…。
あの時、何かアクションを起こしていたら、、カーディナルのその後が悲しい。

ルイス議員役のクリストファー・リーヴは、やはりスーパーマンに見えてしまう、、(ガタイが良すぎ笑)今作では唯一ヨーロッパの面々に新しい風を送り込むアメリカ人を好演している。

恋愛小説のエピソード、花瓶の花、"夕暮れは一日で一番良い時間だ" 、、

好きな言葉、シーンがそこかしこに佇んでいる。

迷い込んだ鳩は、何を思うのか。


「さようなら。お元気で。」
この言葉にすべての想いが詰まっている気がした。


ノーベル文学賞に相応しい、大人の優しくて、静かで、素敵な作品だった。。
あーさん

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