【昔の日本は興味深いが】
田宮虎彦の原作は読んでいませんが、ネット上の情報から判断するに、映画は原作とはかなり異なったところがあるようです。田宮の他の作品からも材料をとっているらしい。
この映画で目を惹くのは、まず昭和9年当時の日本人の貧しさでしょう。主人公の大学生(木村功)は金策がつかなくて下宿屋の主人や定食屋の主人から早く下宿代やツケを払えと何度も言われています。また、下宿は、もともと8畳あった部屋を板で二分して二部屋にしてあります。(ちなみに私は昭和40年代後半に学生生活を送りましたが、その頃でもそういう下宿がありました。)隣の部屋の中学生はアルバイトをしながら学校に通っています(当時は小学校までが義務教育で、中学はそうではなかった)。そうした貧しい人々の日常や暮らしぶり、下宿している人々同士の交流などは、時代が隔たった現代から見るとそれなりに興味深いところがあります。
主人公は学校を辞めて足摺岬に向かいますが、そこの宿で出会う人々の様子も、今からすると昔の日本人を見るという点で、面白い。主人公と、中学生の姉(途中から故郷の足摺岬に帰っているという設定)とのほのかな愛情もみどころでしょう。中学生の姉役の津島恵子のういういしい愛らしさは、昔の日本女性の魅力を彷彿とさせます。
ただ、特高や警察の横暴ぶりを描くところは、ちょっと引っかかります。同じ下宿にいる左翼系学者が特高から目を付けられているのは分かりますが、主人公が貧しい学生だからというだけの理由で拘禁されるとか、中学生が無実の罪をかぶせられて警察に逮捕され暴行されるとか、この映画では特高や警察はとにかく悪者であり、庶民は善良な犠牲者であるという世界観で徹底しています。1954年という製作年代や、監督である吉村公三郎の体験もあるのでしょうが、吉村は一方では戦時中に戦意昂揚映画も作っていたようで、今からすると時代的な限界が見える映画でもある、と思いました。