サマセット7

スカーフェイスのサマセット7のレビュー・感想・評価

スカーフェイス(1983年製作の映画)
4.2
監督は「アンタッチャブル」「ミッション:インポッシブル」のブライアン・デ・パルマ。
主演は「ゴッドファーザー」シリーズ、「ヒート」のアル・パチーノ。

[あらすじ]
1980年のアメリカ・マイアミ。キューバから移民としてアメリカにやって来たゴロツキ、トニー・モンタナ(アル・パチーノ)は、相棒マニー(スティーヴン・バウアー)と共に、度胸だけを武器にアメリカの裏社会をのし上がって行く。
トニーは、麻薬王フランクの手下となって頭角を表すが、ボスの情婦であるエルヴィラ(ミシェル・ファイファー)に魅せられ、ついにはボスを殺して後釜に座ることになるが…。

[情報]
80年代で最も過激なギャング映画、と評される、1983年のアメリカ映画。
1932年のギャング映画「暗黒街の顔役」(ハワード・ホークス監督、英題「SCARFACE」)のリメーク作品である。

企画は、リメークとしてスタートしたが、一時監督候補となったシドニー・ルメット(後に降板)のアイデアで、当時社会問題化していた麻薬ビジネスに焦点を当てる方向に舵を切った。
その結果、アル・カポネをモデルにした原作の主人公(イタリア系)が、禁酒法時代のシカゴにて、密造酒の取引でのしあがるのに対して、今作の主人公トニー・モンタナは、キューバ系移民で、マイアミにて、コカインの取引でのし上がる、という違いがある。
この変更により、映画の印象は大きく変わっており、リメークとは言え、完全な別物となっている。
上映時間も、原作が92分に対して、今作は170分に及ぶ。

ブライアン・デパルマ監督は、当時既に凝った演出を好むヒッチコックフォロワーとして知られていたが、何より、過激な暴力描写や性描写で知られており、その傾向は、今作でも顕著である。

主演のアル・パチーノは、ゴッドファーザーのマイケル役にて俳優として大きな名声を得て、その後も評価の高い作品に続けて出演していたが、1980年代前半はスランプに陥っていた。
今作は、現在では、アル・パチーノの復活作、と位置付けられよう。

今作は、公開当時は賛否両論を得ていた。
若い「持たざる者」層からは熱狂的に受け入れられた一方、リメーク元を知る評論家層からは酷評を受けた。
しかし、今作はその後、カルト的な人気を博し、今では80年代ギャング映画の名作の一つと位置付けられている。

特に、アメリカのギャングスター・ラッパーの間では、今作がバイブルとして取り扱われており、ヒップホップ楽曲の中に今作の引用がしばしば見られるなど、大きな影響を与えている。

[見どころ]
アル・パチーノ演じるトニー・モンタナの強烈なキャラクター!!
下品!下劣!!Fワードを上映中、止まることなく連発しまくる!!!
有名なチェーンソーシーンをはじめとする、過激な暴力描写の数々!!
とはいえ、見せ方が工夫されており、スプラッタにはなっていないのは、さすがデパルマ!!
シンセサイザー中心の特徴的なBGM!!
底辺からの栄光と破滅、という、持たざる者に響くドラマ性!

[感想]
なるほど、カルト的名作!!

主役のトニー・モンタナが、何しろエネルギッシュだ。
同じアル・パチーノ演じるギャングでも、知的で冷徹なマイケル・コルリオーネとは全く違う。
行動は衝動的。発言は下品、下劣、低俗。
恐れを知らず、金を掴んで、成功するためには、手段を選ばない。
自分以外の人間を、誰も信じることができない人間。
金で支配する以外に、他者を大切にする手段を知らない人間。

彼が自ら突進して行くのは、アメリカ型資本主義の暗黒の部分。
金さえ得れば、世界は自分のもの!という、強固な価値観。
すなわち、アメリカンドリーム。
その結果、トニーは栄光を掴み、そして破滅していく。
題材からして、「持たざる者」が共感しやすい構造になっている。
とはいえ、ほとんどの層は、あまりに明け透けな犯罪描写に、ドン引きであろうが。

今作を見て感じた、虚しさと悲哀、滅びのカタルシスは、日本映画の名作、「仁義なき戦い」を彷彿とさせる。
トニーは凶悪な言動とは裏腹に、しばしば、ケジメや仁義を標榜し、自分なりの倫理観を示す。
しかし、彼が自らズブズブに浸かった世界は、ケジメや仁義、道義などの建前に拘る者こそが、順に破滅する世界なのだ。

マイアミ、コカイン、キューバ移民とあって、今作のカラーは、ギャング映画とは思えないほど、明るい。
殺しも白昼堂々、衆人環視の中で!!
飛び散る血!!
ギャングたちの、成金趣味のケバケバしい豪邸!
その原色中心の色合い!!!
そして、シンセサイザーのBGMがもたらす、安っぽく、軽薄な雰囲気!!!
相棒のマニーが徹頭徹尾チャラいのも、明るさに拍車をかける。

流石に170分の上映時間は長すぎるが、牽引するのは、アル・パチーノの目だ。
常に、世界への怒りを絶やさない、その目に惹かれて、最後まで引き込まれた。

アル・パチーノの演技は、恐らくは彼のキャリアでもベストの一つ。
前半の、胸中に燃え盛る社会への怒り。
後半の、全てを手に入れた後の虚無と、麻薬に囚われた虚脱。
チンピラのイキリとマウント、暴発する狂気。
全てを、演技で見せる。

ところどころ、凝った編集が見られて、デパルマ作品であることを思い出させる。
室内の惨劇とのほほんとした野外を交互に見せるチェーンソーのシーン!!
トニーの人生のピークを、映像と音楽のみで手際よく見せるシーン!!
監視カメラ映像を効果的に使った、クライマックスシーン!!

ラスト。
手に入れたものを全て失い、滅びゆく、破滅のスリルとカタルシス。
気を衒ったように見えた何もかもは、振り返ってみれば、王道の物語に帰着する。
最後に映される文字の皮肉!!
素晴らしい!!

[テーマ考]
今作は、金儲けによって得た「栄光」の虚しさを描いており、資本主義が助長する価値観の歪みがテーマとなっている。
トニーは、「成功」にふさわしいあらゆるモノを掴むが、「幸せ」には程遠く、呆気なく破滅を迎える。

トニーは、飛行船に電飾された「the world is yours」を見て、座右の銘とする。
アメリカ社会そのものが、持たざる者に対して、訴えかけるのだ。
成功せよ。
誰でもそれが可能な国こそが、アメリカだ、と。
しかし、現実的に、トニーら移民にとって、成功して大金を稼ぐ手段は、麻薬取引しかないのだ。
その矛盾。

トニーは、ミシェル・ファイファー演じるエルヴィラに執着し、ついには自分のものにするが、その内面には全く敬意を払わず、トロフィーとしか思っていない。
カネ、オンナ、豪勢な暮らし。
トニーが求め、手に入れたものの、なんと空虚なことか。
トニーが、異常な執着を見せる妹ジーナとの顛末もまた、示唆深い。
金や成功を求める人生=典型的アメリカンドリームの虚構を、今作は抉り抜く。

しかしながら、今作が、持たざる者のバイブルとなっている、というのもまた事実だ。
成功を求める者の、飽くなき執念。
自分なりの信念や戒律を持って、危機に立ち向かう覚悟。
渡世に役に立つのは、ハッタリと虚勢。
マイノリティの世の中への怒りは、成功への原動力となる。
アル・パチーノの、熱病に冒されたような演技は、説得力を高める。

ラストは悲惨だが、どこか、自分の生き方を全うした、やり切った、という納得感を感じさせる。
個人的には、自ら決めた戒律を守ることが、後悔しない生き様=死に様の秘訣、というメッセージを受け取った。

[まとめ]
麻薬と暴力を活写した80年代を代表するギャング映画のカルト的名作にして、名優アル・パチーノの代表作の一つ。

アメリカに蔓延る麻薬問題はその後も解決せず、2008年からは、白人壮年男性教師が、麻薬王に成り上がるという内容のテレビドラマ「ブレイキングバッド」が放送されて、テレビドラマ史上最高の評価を受けた。
今作と比較すると、麻薬問題は25年を経て、いよいよアメリカの一般的市民にまで浸透しているようにも思えて、戦慄を覚える。