三隅炎雄

浪曲子守唄の三隅炎雄のレビュー・感想・評価

浪曲子守唄(1966年製作の映画)
3.8
千葉真一の着流し任侠映画シリーズ第1作。健さんにも子連れ任侠映画(『日本侠客伝 斬り込み』67)があったけれど、あれより一年早く中身も異色。これはちょっと変わった作りの映画だ。

千葉ちゃんが演じる主人公の様子がまず、普通の任侠映画と違う。千葉ちゃん、息子の真田広之に男らしくしろとやたら熱く言い聞かせる。だけど本当のところ同時に自分自身に向かって言っているのが分かる。なぜなら女房に捨てられての子連れ旅、しかもシケたサマ師、イカサマで食いつなぎ追われるように流れ歩く身なのだ。賭場から夜道へ、逃げるわびしい生活を低予算のモノクロ画面がさびしく捉える。

サマ師千葉ちゃん、別れた妻瑳峨三智子、駄菓子屋の気の良い娘大原麗子、この三人と真田坊の人情劇を中心に映画は進む。一節太郎のヒット曲は「逃げた女房にゃ未練はないが」と一応強がってみせるもののまああれは未練歌、主人公の千葉ちゃんはもっとストレートに逃げた女房に未練たらたらわざわざ会いに行く。瑳峨三智子は産んだ子供は気になるが、千葉ちゃんにはとうに愛想が尽きているからどうもこうもならない。任侠映画の主人公にはふさわしからぬ、落語長屋のダメ亭主みたいな男を笑い無しに、千葉真一が真面目に演じる。
任侠映画だから最後に殴り込みはある。ただし血の繋がらぬ親分子分、組がどうとかこうとかの任侠道ではなく、血の繋がった親子の情で持っていく。だけどすんなりとは感動させない。全部自分が撒いた種というか、そもそも千葉ちゃんがしゃんとしていれば起こらなかった話なのだ。そのことを、千葉ちゃんと瑳峨、千葉ちゃんと真田坊、2つの心のすれ違いで、映画は千葉ちゃんを突き放す。情でひっぱりつつそこに水を差す、けっこう意地の悪い作劇だ。

原作・潤色成沢昌茂、脚本池田雄一。千葉ちゃんが真田坊に言う別れの台詞が、成沢の脚本担当作『関の弥太っぺ』の有名な台詞のアレンジになっていて、それも単なる流用にとどまらない批評意識を感じさせる。監督鷹森・脚本池田は4年後、テレビ千葉・真田少年共演キイハンター(ep109)「俺は西部の殺し屋キッド」を撮るふたりだ。
三隅炎雄

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