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トゥモロー・ワールドのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

トゥモロー・ワールド(2006年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

人類に最後の子供が誕生してから18年が経過した西暦2027年。原因不明のまま子孫を生まれなくなった世界には暴力と無秩序が拡がっていた。そんな中、英国エネルギー省の官僚セオはある日、元妻のジュリアン率いる反政府組織に拉致される。彼女の目的は、彼らが秘密裡に匿う移民の少女を別の組織に引き渡すことだった…。

劇場公開時以来の再鑑賞。
初めて見た当時は「欲望まみれの人類に子どもが生まれない未来が来るなんて、そんな馬鹿な…」なんて思ったものだが、今や本作に世界が近づいているのでは?と思うと背筋が寒くなる。
予見性のある(あった)SFの秀作である。

女性の社会進出による晩婚化、そして格差社会による低所得者層の増加に伴い、世界的に少子化が叫ばれて久しい。
本作の世界は、少子化を飛び越えて無子化になってしまった近未来。
2024年の現在、舞台の西暦2027年まで残り僅か3年だが、あり得ない話だとは言い切れない。

子どもは人類の未来を担う希望だ。
その希望を失った世界には内戦やテロが頻発し、国家はことごとく壊滅状態に。
恐らく、次の世代に何も引き継いでいけないならば、今この瞬間を変えるしかない、理想を実現するなら今しかないと強硬派思想の持ち主や、どうせ死ぬなら今すぐ金持ちから奪って贅沢をしないと後悔するといった犯罪者が後を絶たないからなのだろう。

本作のテロ組織FISHの背景も不明だが、本作の人類の行動は全くもって刹那的。
文明や資源を残したまま「マッドマックス」な世界に移行している途中の秩序崩壊寸前の世界である。
いわゆるディストピアだ。

なかなか良く出来たハードな世界観ではあるのだが、人類がなぜ生殖能力を失ったのかは物語の中で明らかにされていないのが、やはりSFファンとしては大きな不満。
地球環境の変化や電磁波の影響で若い男性の精子の減少しているという説も聞いたことがあるが、本作には電子端末やハイテク機器が登場しないため、それらを捨てた「電磁波」説が有力と思われる。

そんな世界に子どもを妊娠した若い女性キーが登場する。
初めて見た時は「それがどうした?ようやく自然の摂理が戻っただけではないか?」などと思ったものだが、公開時からさらに出生率の低下が深刻視される今、無子化となったこの世界はあり得る話となった。
月並みな言葉だが妊娠・出産は「生命の奇跡」である。

官僚であり様々な場所へ通行できる主人公セオは、元妻のジュリアンから託されたこの妊娠した女性キーを、暴徒から守りながらヒューマン・プロジェクトなる組織に連れて行かなければならない。

キーを捕えて研究し、妊娠の謎が解明されれば、人類にとって新たな希望となることは確かだ。
資産家は子孫に罪を残すことが出来、そうでない者は思い半ばにして死すとも、次の世代に希望を繋ぐことができる。

テロ組織FISHがキーと赤ん坊を守るか否か揉めるのも、彼らも深刻だからだ。
どんな大義を掲げているかはわからないが、キーを守り、「生まれる子どもたちに思想や願いを次世代に繋ぎたい」という派閥と、「たった一例の奇跡に頼る訳には行かない、今を変えなくては」と生き急ぐ派閥がいるからだろう。

それゆえセオの旧友ジャスパーの家に身を隠したセオたちを襲ってくるFISHの暴徒たちは死を恐れない。
どちらかの派閥かは分からぬが、きっと誰かが自分たちの意思を繋いでくれるという切羽詰まった覚悟がある「殉死」なのだ。
人々は自分の政治的、または宗教的な信念を「正義」であると思い込んでいる。
もっと広い客観的な視点を持てずにいることが良く分かる。
それは人類の争いの歴史と酷似している。

いろんな意味で、メッセージ性が強い本作。
本作の白眉は何と言ってもクライマックスの戦闘シーン。
戦闘の凄まじさと出産の奇跡のギャップに鳥肌が立つ。

ジャスパーの計画に沿って、知人の警官・わざと逮捕してもらい、難民収容所から「ヒューマン・プロジェクト」の元へ行く客船トゥモロー号との合流地点を目指すセオとキー。

何とか収容所に入ったセオとキーは、シドの仲間の女性マリカに助けて貰ったその夜、キーは無事に女児を出産する。

収容所にFISHが乗り込み、彼らを撃退するために軍隊が出動し、収容所内で激しい銃撃戦が起こる。
最大の見所は、なんと言ってもこのクライマックスに用意された8分間に及ぶノーカット長回しによる戦闘シーンだ。

それまで一切の説明や回想を避け、ライブ中継の感覚で話を進めていた効果が生きる。
まるで自分が戦場に投げ出され、戸惑いながらも必死で逃げるような感覚を体験できるのだ。
いつ流れ弾に当たり、爆破に巻き込まれるかと思うと想像するだけで恐ろしい。

激しい戦闘の中、逸れてしまったキーを赤ん坊の泣き声を頼りに探し出したセオ。
赤ん坊の姿を見た人々は「奇跡」を目の当たりにして驚き、何と敵も味方も銃撃戦を止めてしまうのだ。
ようやくこの世に産まれた赤ん坊を戦闘に巻き込んで死なせてはいけない。
人類の未来のために生かさなくはいけない。
人々が自己中心的な主観を捨てた瞬間、セオとキー、そして赤ん坊に道を開けていく人々はまるで「十戒」のモーゼが海を割った伝説と重なるのである。

そこまで一切の希望が排除されていたが、この最後には、出産に立ち会って生命の神秘を感じるような慈しみが感じられる。

そしてセオはキーをトゥモロー号に無事に送り届ける。
何の解決も語られないが、再び世界に希望が生まれたことは確かだ。
少なくとも「我々はこのような未来を作ってはならない」と痛感できる作品である。
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