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トゥモロー・ワールドのペジオのレビュー・感想・評価

トゥモロー・ワールド(2006年製作の映画)
4.8
SFとは「未来」を描くジャンルである
視覚に特化したメディアである映画はやはりSFとの相性が良く、「古今」東西様々な「未来像」が世に提案され、その中から魅力的な案が多くのフォロワーによって良くも悪くも強化され定着してきた
「スター・ウォーズ」の「明るい宇宙」、「ブレードランナー」の「雨の止まないLA」、「マッド・マックス」の「ヒャッハーな荒野」etc…

そういう意味でこの映画は新たな未来像を提示したと思う
「子供が産まれない」という未来の無い未来
それは「地獄」である
しかも現在と「長回し」の様に途切れなく続いた地獄(「未来とは現在が腐ったもの」という町山智宏の「ブレードランナー」解説にあった表現はこの映画にこそふさわしいかもしれない。)
最初にして最後の「希望」が潰えた時、まるで堰を切った様に押し寄せてきた「絶望」は我々が生きている「今も、何処かで起こっている問題」の延長線上のものばかり
「終わりの始まり」とは後から振り替えって気付ける地点であって、つまりは我々は「終わり」に足を踏み入れてしまっていて…もう手遅れで…

すぐ隣で口を開けていた地獄にひょんな事から飲み込まれていく主人公のその地獄巡りに強制的に付き合わされる映画(「アバター」でなく、この映画で3D映画が始まっていたらもっとスゴい事になっていたのではないか?)
クライマックスで訪れる一瞬の奇跡は凄まじく感動的だが、それは「希望」そのもののメタファーとか人間という種の存続とか大それた事じゃなく、キウェテル・イジョフォーの台詞「泣けてきた。あまりにかわいくて。」という素朴な感情故に起こった奇跡だろう
それは「今も、何処かで起こっている奇跡」である
英国に限らず人類はいまだ奮闘中だ

クライブ・オーウェンの困り顔は無関心だった事に巻き込まれる役にハマっていて最高だが、個人的にはマイケル・ケインが久々のちゃらんぽらんな役でノーラン作品で父性ばかり演じるストレス(?)を発散するかの様なノリノリ具合を見せてくれて、ファンとしては嬉しい

ルベツキの超絶技巧は最早言うまでもないが、イニャリトゥと組んだ映画は「ルベツキの映画」っていう感じがするのに(ギジェルモ・アリアガと組んでた時も「アリアガの映画」になってしまっていたし。作家性が無いわけでは無いのだろうが…。)、キュアロンと組んだ時はちゃんと「キュアロンの映画」という印象になる不思議
流石「ハリー・ポッター」を暗黒に染め上げた男である
…という訳で「今」から「アズカバン」観ます
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